聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
そして落ち着いてくると、今度は部屋に漂う香りが気になった。
見回して、それが部屋に飾られた花から漂っていることに気づく。
男ばかりの騎士団宿舎に、しかも個室に花が飾られているのは意外な気がした。おそらくはいずみが使用することが伝えられていたのだろう。

ふと、いずみは、セシリーのことを思い出した。王城のメイドで、清掃係を担当していた。
まだアーレスと出会う前、城に住み、神官から魔法の講義を受けては落ち込んでいたころ、部屋の花瓶を交換してくれている彼女に、いずみの方から話しかけた。
セシリーはセンスが良く控えめで、いずみがこぼす愚痴の数々を、穏やかな顔で受け止めてくれた。そして必ず、こう言うのだ。

『聖女様が異世界からやって来たことには、必ず意味があります。イズミ様にはイズミ様の力が、必ずあるはずです』

いずみにとってセシリーは、落ち込みがちな城での日々を支えてくれた頼りになる友人だった。

(まだ仕事中かな。同じ敷地内だし、城に行けば会えないかしら)

思い立ったら、無性にセシリーに会いたくなった。
静かな部屋で、ジナが戻ってくるまでひとりでいるのは、耐えられない。
幸い、いずみはこの黒髪のおかげで、すぐに召喚聖女だと認識してもらえる。門番に止められることもないだろう。

「ちょっとだけ、出よう」

すん、と鼻をすすってから、いずみはそろりと部屋を抜け出した。
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