聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
「私のような年嵩の大男が候補者でがっかりさせたかもしれませんね。ですが、この通り力だけはあります。私を選んでくださるならば、あなたを守る盾として、この身を尽くすことを誓いましょう。全てはあなたの御心のままに」

普段ならば、このような浮ついたセリフは絶対に言わない。
水が流れるようにすらすらと言葉が出たのは、たぶん同情や怒りが引き金だったのだろう。

アーレスがひそかに思いを寄せていた人は、もうこの世にいない。もともと、叶うはずもない想いだったから、生涯誰とも結婚するつもりはなかった。だけど、当座の聖女の身の置き場としてなら、役に立つかもしれないと咄嗟に思った。
心無い視線を一身に浴びてうなだれながらも気丈にこの場に居続ける彼女を、せめてこの瞬間だけでも守ってやりたいと思ったのだ。

アーレスの行動に、周りは静まり返った。
聖女は驚いたまま、「えっと、それは、どういう……」と彼の意図を問いだす。
貴族らしい遠回しな物言いは通じないのか、と悟ったアーレスは、彼女の手を取り、その手の甲に口づけた。

「俺を選ぶなら、すべてのものから守りましょうと言っているんですよ。突然異世界に来て、慣れない生活のなか、さぞかし不安だったでしょう」

その言葉に、聖女は驚いたように目を見開き、瞳を揺らした。
珍しい黒の瞳が潤み、目尻に涙が浮かんでくる。それをこらえようとしているものだから、顔が赤くなり、不細工度は増した。

「……っ、ふっ、えっ」

なにかのタガが外れたのか、聖女は嗚咽を上げると、アーレスの騎士服の袖を掴んで、大きな声で泣き始めた。

(ああ、まるで、子供のようだ)
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