聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
腕にすがり、自らの顔をアーレスの腕を使って隠そうとする聖女が微笑ましく思えて、アーレスは彼女を腕に抱きかかえた。
「陛下、落ち着くまで彼女を連れていきます。空いている休憩室と、侍女をひとりお借りします」
「お、おお?」
呆気にとられる面々を無視して、アーレスは聖女を抱えたまま、手近にいた侍女をひとり捕まえて休憩室に案内させた。その間、聖女はアーレスの服から手を離すことはなかった。
「本当に、私をもらってくださいますか? もうどこにも、居場所が無いのです」
聖女は泣きながら、必死に彼に訴える。
(全く、聖女にここまで言わるせなんて、陛下はこの半年、一体どんな扱いをしていたのか。今度ゆっくりと説教をしてやる)
アーレスは聖女をソファに座らせ、泣きじゃくる子供をなだめるように優しく髪を梳きながら言った。
「もちろんですよ。聖女殿。いい夫になれるかは正直分かりませんが、家族にはなれるでしょう。俺の屋敷においでなさい」
「うえっ、あ、ありがとうございます……」
聖女が泣き止むまでに三十分かかり、彼女の顔は、腫れて凄いことになった。
「君、すまないが温かいタオルを準備してあげてくれ」
手持無沙汰そうにしていた侍女にアーレスが言いつけると、彼女はすごいスピードで目当てのものを準備した。
蒸したタオルで顔を拭いた聖女は、過剰だった化粧が落ちて、より一層素朴な印象だ。このほうが似合うな、とアーレスは素直に思う。
「あースッキリした。……すみません。泣かせてくれてありがとうございます。……ええと」
「アーレスです。聖女殿」
「私はいずみです。ありがとうございます、アーレス様」
にっこりと笑った彼女は、聞いていた年齢よりも幼く見え、可愛らしい。
断るつもりで出席した夜会だったが、彼女と生きるのも悪くないかもしれないと思えた瞬間だった。