聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
セシリーというメイドが、花瓶からこっそり一本花を抜き取った。そして、エプロンのポケットから花切り用のハサミを出し、数センチの茎を残して切り落とし、いずみの髪にそっと差し込む。
「お綺麗です」
「……セシリー! また会えるよね!」
いずみは感極まって彼女に抱き着いたかと思うと、名残惜しそうにしながらアーレスの方へと戻ってきた。
その顔からは先ほどまでの陰りは消えている。
「あのメイドは知り合いか?」
「お掃除の係のメイドさんです。よく部屋にお花を飾りに来てくれて。年が近そうなので話し相手になってもらったんです。内緒ですけど、国王様や神官様への愚痴も聞いてもらいました」
「そうか……。気に入りのメイドだというなら、屋敷に来てもらうか?」
アーレスの提案に、いずみは驚いているようだった。そして、少し考えたように腕を組んだ。
「アーレス様は身分の高いお方なんですよね。だとすればそれは命令になってしまいませんか?」
「ん? それがどうした?」
メイドの引き抜きくらいは、誰でもやっているようなことだ。
アーレスは特におかしなことを言ったつもりはない。
「私が暮らしてきた世界は、自分で職業を選択できる世界だったんです。もちろん、能力とか才能も必要ですし、家業という制約のある人もいました。けれど、少なくとも、その職業に就くために努力することは許されていた世界なんです。だから、私は自分が望む仕事をしたいし、セシリーにも自分が選んだ仕事を自分が選んだ場所でしてほしいと思っています」
毅然と言い放ったいずみに、アーレスは面食らった。
(自由に選ぶ? どんな世界だ、それは)