聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
「これで一応あなたは俺の妻となったわけだが。俺は十も年上だし、振ってわいた爵位の後継者が必要なわけでもない。だから、妻としての務めを無理強いする気はないんだ。まずは君が新しい暮らしになれるのが大事だ。困ったことがあれば何でも言ってくれ」
「はあ……」
いずみは困っているような様子だ。だが、アーレスも困り果てている。一体なにを話せばいいのか。
そもそも、夜会では怒りが高じて、気障な態度をとってみたが、本来のアーレスは会話能力の低い、筋肉馬鹿だ。
戦場で剣を合わせているときは、敵と対話しているような気にさえなるのに、口から発する言葉は、自分の思う通りに出てこない。
こんな風に決まった婚約ではあるが、帰るところのない聖女の帰る場所になれればと思っている、とか、自分の姿が怖いというならばなるべく姿を見せないようにする、とか、嫌ならば夜の務めはしなくていいとか、どうしても自分では嫌だというならば、国王に進言してもっと優し気な男を探してやるとか。
心の中で思っていることはたくさんあるし、言葉を尽くして懇切丁寧に説明してやるべきなんだろうとは思うのだが、うまい言葉となって口から出てこない。
「……アーレス様はとても大きいんですね」
いずみは聞いているのかいないのか、アーレスを見上げると全くどうでもいい感想を言った。
「……怖いか?」
「いいえ? アーレス様こそ嫌ではありませんか? 前の聖女様と違って、私は役立たずの聖女です。なにも出来なければ、この世界の知識もない。厄介者を押し付けられたようなものでしょう」
ミヤ様の名前が出てきて、アーレスは一瞬驚く。だが、そんな風に比べて劣等感を抱くほど、国王や神官に心無い言葉を言われてきたのかと思うと不憫に感じた。
(ミヤ様はたしかにすごい。だが、この娘と比べるのは間違っているのだ)
「そんなことはない。ミヤ様はミヤ様。イズミはイズミだろう。厄介者かどうかなど、俺には分からない。たしかに王から縁談の話を聞いたときは面食らったが、これも縁だろうと今は思っている。君も多少なり不満はあるかもしれないが、君が悪いわけじゃないのだし、互いに楽しんで暮らしていこうじゃないか」
アーレスの言に、いずみは悲しそうにほほ笑んだ。
なにかを間違えたことはわかったが、なにを間違えたのかはアーレスにはわからなかった。