聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
悩んでいるうちに、無意識に彼の胸に頭をもたせてしまっていた。慌てて離れようとすると、軽く頭をおさえられる。
「別にいい。寄りかかっていなさい。初めて乗るのなら怖いのだろう」
(アーレス様イケメン……!)
一気に顔に熱が集まっていく。
そのうちに、馬が走り出し、吹き付ける風がいずみの頬を優しく撫でていく。
ドレスの裾は、空気を含んではためいた。
「わー、花嫁さんだ」
すぐに、街の子どもたちが集まってきて、いかにもな白のドレスを着たいずみを指さしてくる。
(……花嫁さんか。日本では全然縁遠い言葉だったのに。図らずも異世界で結婚するなんてなぁ)
いずみとしては、全然実感が沸かない。
これまで、好きな人はいたけれど思いが実ることはなく、気が付けば処女のまま二十六歳。
一時は誰とでもいいから処女を捨てたい、なんて思ったこともある。
オスカーから結婚するように言われたときは、それも人生かななんて思っていた。
ものすごく激しい恋なんて、もう十代じゃないんだからできるわけがない。お見合いに行くつもりで、オスカー様が選んだ人のところに嫁げばいいって。
なのにアーレス様が膝まづいてくれた瞬間、いずみの心臓は大きく脈打ち、信じられないほどときめいた。
こんな逞しい男の人が跪くなんて、この世界じゃ当たり前なのかもしれないけど、日本じゃ絶対ないし、他の候補者たちもしなかった。彼はあの時、いずみに敬意をちゃんと払ってくれた。