聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
そう気づいた瞬間に、いずみの心臓の音は全身に広がって、体中が熱くなった。
これが恋かと言えば、長いこと恋愛から遠ざかっていたいずみには分からないが、人生で一番ときめいた瞬間だったことは間違いない。
だから、そんな素敵な人と一緒に馬に乗っている今の状況は、望外の喜びだったりするわけで。

「あはは……凄く冷やかされますね」

「だな」

普段通りのトーンの返答に、少しだけ寂しくも感じる。

(アーレス様は別に嬉しくはないんだろうなぁ)

「……なんだ?」

「いいえ、何でも」

こういうときにうまいトークでもできれば、アーレスの気持ちを惹きつけることができるのかもしれないけれど、それができるくらいなら、いずみがいまだに処女でいるはずがない。

それに……といずみは思い起こす。
『君も多少なり不満はあるかもしれないが……』と彼は言った。
つまり、彼自身は、この結婚には不満なのだ。王命だからいずみを娶ったのだろう。

『妻としての務めを無理強いする気はない』とも言った。
ミヤ様とは違う不細工な聖女を抱く気にはならないということだろう。悲しいけれど仕方ない。

アーレスが終始同情的だったことは何となく感じていた。
その年まで独身だったのだから、もしかしたら女性は苦手なのかもしれない。だとすれば、形だけの妻でいて、実際は召使のような生活ができれば御の字だろう。

(うん。吹っ切れた。こんな格好いい人の傍にいられるだけで、幸せだと思わなくっちゃ)

傍にいるだけで、安心とドキドキを同時に感じる。
これは恋だと、内心実感しながらも、いずみはその思いを封印することにした。

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