聖女の魔力が使えません!~かわりにおいしい手料理ふるまいます~
ますます落ち込み、パニックになりかけたときだ。

「こっちだ、イズミ」

ぐい、と強引にアーレスが腕を引いた。力持ちな彼のおかげで足は前に出たが、その動きを予想していなかったため、いずみはバランスを崩した。
結果、彼の胸に倒れ込む形となり、視界からはすべての人の顔が消え、彼の服だけになる。

だがそのおかげで、いずみは自分を捕らえていた視線の網から逃れ、落ち着いて考えることができた。

(そうだ、私、アーレス様の妻なんだから。怯んじゃだめだ。一緒に頑張るって決めたじゃない)

アーレスの悩みを聞かされた夜、いずみは決意したのだ。
彼にとって、いい妻になろうと。
いい妻は、実家の母親を前に怯んだりしないはずだ。

「すみません、アーレス様」

いずみは姿勢を正し、一度深呼吸をして、今度はしっかり前を見た。
美しい伯爵夫人に、にこりと笑い駆け、ドレスの裾をつまんで親愛の礼を取る。

「お初にお目にかかります。アーレス様の伴侶となりました、いずみと申します。お義母様には、たくさんの心づくりをいただきまして、本当に感謝しております」

「あら。そんなに固くならなくていいのよ。イズミさんとお呼びしていいかしら。アーレスの母のセリーナです。ようこそ、バンフィールド伯爵家へ」

いざ堂々と挨拶してみれば、義母はにこやかに応対してくれた。視線が突き刺さるような気がしたのも、気にしすぎだったのかもしれないといずみは思う。
チラリとジナに視線を送ると、彼女はにっこり笑ってセリーナに箱を差し出す。

「こちら、お土産ですわ。小さなお孫さんが同居されていると聞いたものですから」

「あら。それはお気遣いをありがとう。中で開けましょう。まずは入って?」

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