The Last -凶悪-
“トントン”
「・・はい?・・・!!?」
後ろから忍び寄って、肩を叩く。
振り向きざまに、噴射する。
・・加減が分からなかったし、
そもそも料理なんてしないし、
とりあえず八百屋で買った分を根こそぎ入れたそれの威力は、私の想像以上だった。
「・・あああぁぁあああ!!!」
鞄が放り出され、
バットケースが肩から滑り落ちる。
“のたうちまわる”
そんな表現がピッタリなほど、
目を押さえてジタバタと足を動かす。
女だとバレたら、もしかしたら警察は私に辿り着くかもしれない。
息を殺して、でも激しく。
ボールを投げていた右腕、
箸を持っていた右手にレンチを振りかざす。
濁点が付いた、“助けてください”
“もうすぐ大会なんです”
“右手だけはやめてください”
鼻水混じりに、最後のほうは何を言っているのか分からなかったけど、
全部無視して作業を続けた。
あんまり大きい声出さないでくれるかな?
途中でそう思ったので、顔面にも2発ほど叩き込んで大人しくさせた後、
ピクピクと痙攣していた右半身へ、自分の体に返しがこないよう慎重にかけていった。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
こんな遅い時間まで練習するから。
こんな人気のない道を通るから。
「あんな女の元に生まれたから悪いんだよ?」
静寂が包まれる中、ジュージューと肌が焼ける音を鼓膜で捉えながら背を向ける。
マスクを外して、ニット帽を取って、
夜風を全身で浴びる。
何十年ぶりに、
心の底から大笑いして家路へと着いた。