あなたの愛に包まれて
「私は生まれてからずっと財閥の後継者としての教育を受けて来たんだ。今とは時代も違ってな。私も両親からは私が千晃にしたように厳しく育てられた。もっと厳しかったかもしれないな。」
「・・・」
匡祐は以前よりも千晃の父の表情が穏やかなことを感じていた。
「誰かを助けようと飛び込むなんて、なんて馬鹿な娘なんだ。」
その言葉にすら千晃に対する父親の愛情が込められているように匡祐は感じた。
千晃の父の言葉に温度を感じたのははじめてだ。
「財閥から退いて感じたのは、私が必死に守ってきたものの小ささだったよ。」
千晃の父は匡祐に視線を移した。
「その中にいるとそこだけしか見えないのに、いざ、外から自分のいた場所を見たらちっぽけだった。」
そう言って小さく笑う千晃の父は再び娘の方へ視線を移した。
「そんなちっぽけな世界に娘を閉じ込めているのは私だ。」
車いすを進めて千晃の父は千晃の隣に近づいた。そして、娘の手にこわごわと触れる。

娘の手を握るのは千晃が生まれた時以来ではないか思うほど、昔のことだった。
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