エリート俺様同期の甘すぎる暴き方~オレ、欲しいものは絶対手に入れる主義だから~
通勤電車を降りて会社のビルまでいつもの道を歩く。
まだ朝早い時間なのに、蝉はすでに鳴き始めて暑さを煽るようだった。
日菜子はいつもの癖で、髪に手をやり違和感を持つ。
(そうだった……短くしたんだった)
背中の肩甲骨あたりまであった黒髪を、肩口までばっさりと切った。こんなふうに思い切ったイメージチェンジをするのは初めてだったので、自分でも慣れるまで少し時間がかかりそうだ。
周囲の反応が気にならないと言えば嘘になる。けれどそれも一時的なことだと思い背筋を伸ばした。
「松風っ!? どうしたんだそれ」
急に背後から呼び止められた。振り向く間もなく相手が日菜子の前に回り込む。
視線を上げると、驚いた顔をした拓海と目が合う。
「どうしたって……」
(もしかして……色々間違ってるの?)
それなりに見えるように美容院でしてもらった。「よく似合っている」という担当の美容師の言葉は真に受けてはいけなかったのだろうか。
まわりの反応が気になった。ことに拓海がどういう目で自分を見るのだろうかと心配していたので、日菜子の心に後悔が湧き上がりかけたとき――。
「いいじゃん。すげー、こんなに変わるんだな」
「え?」
沈みかけた心が急浮上する。
「だから、よく似合ってるって。今までもったいないことしてたな」
「……そ、そうかな?」
(これって、褒められてる……よね?)
歩き出した拓海にあわせて日菜子もついていく。
「――眼鏡も、頑張ったんだな」
チラッと日菜子の顔を見た拓海が、それまでとは違う落ち着いた声で言った。
「うん。もう必要ないかなって……だって、わたしがなにか言われて傷ついたとしても、南沢くんがなぐさめてくれるんだよね?」
恥ずかしさから悪戯めいた言葉で、気持ちをごまかす。
「おい、さっそく頼る気かよ」
言葉とは裏腹に、顔は思い切り笑っている。
笑ったままの彼が背を縮めて、日菜子の耳元に唇を寄せた。
「ちゃんと助けてやるよ。まあ、お礼もきっちりいただくけどな」
「……っ」
(な、なんでわざわざ耳元で言うの?)
思わず顔を赤くした日菜子を見て、拓海は満足げに笑った。
「俺、総務寄ってから行くから。じゃあな」
玄関ロビーに入るやいなや拓海は軽く手を挙げて、さっさと階段の方へ行ってしまった。
残された日菜子はしばしぼーっとしたあと、我に返り急いでエレベーターに乗り込む。赤くなった顔を必死に隠しながら。