我妻教育3
日陰のベンチに腰かけて、ペットボトルの蓋をひねる。

病棟の建物から出てきた啓志郎くんは、あたしを見つけて駆け寄り、生真面目に頭を下げた。

「祖母が失礼なことを言った。申し訳ない」

「ううん。失礼だなんて思ってないよ」

「だが…」

「気にしてないよ~。まあ、座って。
そりゃあ松葉グループ会長夫人からしたら、非正規で一人暮らしの人間なんて、信じられないと思うよ~」

かつてのあたしでも、そう思う。

あたしだって、家がなくなる前は想像すらできなかった。
一人暮らしって、もっと優雅で自由だと思っていた。

自分で自分を支えて生きていくことがどれだけ大変か分かったからこそ、頑張れてる自分の自信になってく気がする。


「…それにしても、お祖母さんの、啓志郎くんに関わるな感はすごかったね。
確かに、松葉グループ御曹司の相手としては不足すぎるもんねぇ」

ケタケタ笑った。
ここ、笑うところ。

ベンチに腰かけた啓志郎くんの横顔は、変わらず真剣なまま。
…そうだ、簡単に冗談が通じる相手じゃなかったな。

「仕事も家も関係ない」

そう言うと、私の方へ居直って、

「前にも言ったが、私は未礼と結婚する。
既に18歳になった。すぐにでも結婚できる。
今日、役所で貰ってきたのだ。
サインをしてくれないか?」

言いながら持っていたカバンの中から取り出したのは、一枚の薄手の紙。
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