アラサーですが異世界で婚活はじめます
0 プロローグ
 一生、働いて死ぬんだ……そう思っていた。

 入社以来ずっと仕事にはやりがいを感じてきたし、給料だって悪くなかった。

 人一倍努力してスキルを向上させた甲斐もあって、マネージャーへの道も開きかけていたのに。

 会社からずっと必要とされ続ける「有能な社員」として生きる。
 ……たぶん、恐らく、いや、十中八九「一生独り」で……

 それが、有坂(ありさか) 美鈴(みれい)の信じるところの「自らの存在意義」だった。ほんの数か月前までは。

 やわらかな午後の光が差し込む窓辺に立って、美鈴は深くため息をついた。

 日本の一般家庭ではおよそお目にかかることができない、少女漫画に出てくるような豪奢なドレープカーテンに半ば身を隠しながら、彼女は先ほどからずっと外の様子をうかがっていた。

 その窓越しに、たった今門前に到着した「あの男」が、美鈴のいる屋敷に向かって前庭を歩いてくるのが見える。

 ギリシャ神話の英雄のような長身に、広い肩、逞しい胸の男が、背筋を伸ばして颯爽と歩く姿は堂々たるものだった。

 もし、年頃の娘が偶然、彼を見かけたなら ―― 若い娘に限らず、ダンディーに関しては海千山千のマダムでさえも、彼をチラリとでも振り返らない女はいないだろう。

 艶々と美しい黒い巻き毛にグリーンとブラウンの混ざり合った何ともいえず美しい目の色をした彼は、整った顔に微笑みを浮かべていそいそと屋敷の玄関に消えていった。
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