アラサーですが異世界で婚活はじめます
27-3 思い出の少女
「……ヴァンタール子爵がいらっしゃるわ。 ここでちょっと待っていてね」
ルクリュ家の馬車が村の広場に着くやいなや、ミレーヌはフェリクスに呼びかけた。
フェリクスがヴァンタール家に世話になっていることを知っていたらしいミレーヌは、彼を残して馬車を降りるとまっすぐにヴァンタール子爵の元に向かった。
「ごきげんよう、ヴァンタール子爵」
優雅に腰を落とし、挨拶をする令嬢を一目見て、先ほどまで浮かない顔をしていた子爵はすぐに笑顔になった。
「やあ、ルクリュ家の……ミレーヌ嬢。祭りの見物にいらしてくださったのですね」
「ええ。たまたまこちらにうかがう途中でアルノー伯爵家のご子息とお会いしましたの。ご親切にここまで案内していただきましたわ」
馬車の方を振り返ったミレーヌにつられて、ヴァンタール子爵が馬車の上のフェリクスを見つけた。
「フェリクス殿……!?」
急いで馬車に向かいながら、子爵はフェリクスに呼びかけた。
「子爵、心配をかけてすみません……」
馬車から降りたフェリクスは、ヴァンタール子爵に自分の勝手を詫びた。
「よかった……! 姿が見えなくなって心配しておりました」
心からの安堵を顔に浮かべて、子爵はミレーヌとジャネットに向き合った。
「お二人とも、よくフェリクス殿をお連れくださいました。本当にありがとうございます……」
「とんでもない。わたしたちもフェリクス様とご一緒出来て楽しかったですわ」
何でもないことのように子爵にそう告げると、ミレーヌはフェリクスの目を見てにこっと笑った。
「では、また。フェリクス様」
「あ……、ありがとう。ミレーヌ嬢……」
その時になって初めて、手当をしてもらってろくに礼も言っていたなかったことを思い出し、フェリクスは慌てた。
「いいのよ。お大事にね!」
にこやかにフェリクスに答えた後、軽やかな足取りで去っていったミレーヌとジャネットはすぐに祭りの雑踏に紛れてしまった。
花まつりから数日たったある日、乗馬の練習を抜け出してフェリクスはルクリュ家の屋敷の近くまでやって来た。
もう一度彼女に会いたい――。
……会って一体どうするのか。この間のお礼を言って――それから?
フェリクスが迷いに迷っている間に彼が乗っているポニーは退屈を持て余したのか、ついに草を食みはじめていた。
しばらくしてポニーがぴくぴくと耳を動かし、顔を上げた。数秒遅れて、ドッ、ドッ、ドッ……と大地を力強く蹴る蹄の音が遠くに聞こえた。
フェリクスが音のする方向を見やると、最初は黒い点だったそれが近づくにつれ見る間に立派な馬の姿になりこちらに向かってくる。
「……! ミレーヌ?」
驚いたことに馬上にはミレーヌの姿があった。
そして、彼女の後ろで馬を操っているのは背の高い黒髪の少年――。
少年は随分前にフェリクスに気づいていたのか近づくにつれ見事な手綱さばきで徐々にスピードを落とし、ポニーが怯えないようにゆっくりとした足取りに切り替えて数メートルの位置までやってきた。
「……フェリクス様!」
ミレーヌもすぐにフェリクスに気づいて馬上で手を振っている。
今日の彼女は白いシャツのに乗馬用の上衣を羽織り、ズボンとブーツといういで立ちで先日のドレス姿とはだいぶ印象が違って見える。
「ふーん。キミが噂のアルノー家の令息か」
ミレーヌのすぐ後ろの少年が無遠慮にフェリクスを上から下まで眺めまわしてから呟くようにそう言った。
軽くウェーブした艶々とした黒髪に気の強そうなヘーゼルグリーンの瞳をしたその少年は面白いものを見たという表情を浮かべてフェリクスの顔を眺めて笑っている。
その自信満々な、見ようによってはふてぶてしい態度にムッとしながらも、フェリクスは冷静を装って少年に呼びかけた。
「……フェリクス・ド・アルノーだ。そういう君は?」
「リオネル・ド・バイエ。……今は、ルクリュ家の屋敷に滞在している。どうぞ、お見知りおきを」
リオネルが名乗りを上げたその直後、リオネルのすぐ前に座っていたミレーヌが腰を浮かせた。
「おい、ミレーヌ?」
身軽な動作でひらりと馬から下りてしまうと、ミレーヌはリオネルを振り返った。
「あんまり、飛ばし過ぎよ。リオネルはランボーなんだから」
拗ねたようにプイと顔を背けると、ミレーヌはフェリクスのポニーに駆け寄った。
「リオネルは、好きなだけ飛ばしてきたらいいわ。わたしはフェリクス様とお話ししているから」
ミレーヌの一言にリオネルは露骨に眉をひそめた。
「……フン。 馬に乗りたいと言ったのは君だろ。……好きなだけおしゃべりしたらいいさ」
不機嫌そうにそれだけ言うと、リオネルは黒毛の馬を駆って再び猛然としたスピードで走り去ってしまった。
「……いいのですか?」
再び、草原の黒い点となってしまったリオネルを見送りながら、フェリクスはミレーヌに尋ねた。
当のミレーヌはすっかりへそを曲げてしまったらしいリオネルを涼しい顔で見送っている。
「だいじょうぶよ。彼、わたしの幼馴染なの。……本当は、あれでもけっこう優しいから」
そう言ってミレーヌは馬上のフェリクスを見上げると花のような笑顔を浮かべた。
ルクリュ家の馬車が村の広場に着くやいなや、ミレーヌはフェリクスに呼びかけた。
フェリクスがヴァンタール家に世話になっていることを知っていたらしいミレーヌは、彼を残して馬車を降りるとまっすぐにヴァンタール子爵の元に向かった。
「ごきげんよう、ヴァンタール子爵」
優雅に腰を落とし、挨拶をする令嬢を一目見て、先ほどまで浮かない顔をしていた子爵はすぐに笑顔になった。
「やあ、ルクリュ家の……ミレーヌ嬢。祭りの見物にいらしてくださったのですね」
「ええ。たまたまこちらにうかがう途中でアルノー伯爵家のご子息とお会いしましたの。ご親切にここまで案内していただきましたわ」
馬車の方を振り返ったミレーヌにつられて、ヴァンタール子爵が馬車の上のフェリクスを見つけた。
「フェリクス殿……!?」
急いで馬車に向かいながら、子爵はフェリクスに呼びかけた。
「子爵、心配をかけてすみません……」
馬車から降りたフェリクスは、ヴァンタール子爵に自分の勝手を詫びた。
「よかった……! 姿が見えなくなって心配しておりました」
心からの安堵を顔に浮かべて、子爵はミレーヌとジャネットに向き合った。
「お二人とも、よくフェリクス殿をお連れくださいました。本当にありがとうございます……」
「とんでもない。わたしたちもフェリクス様とご一緒出来て楽しかったですわ」
何でもないことのように子爵にそう告げると、ミレーヌはフェリクスの目を見てにこっと笑った。
「では、また。フェリクス様」
「あ……、ありがとう。ミレーヌ嬢……」
その時になって初めて、手当をしてもらってろくに礼も言っていたなかったことを思い出し、フェリクスは慌てた。
「いいのよ。お大事にね!」
にこやかにフェリクスに答えた後、軽やかな足取りで去っていったミレーヌとジャネットはすぐに祭りの雑踏に紛れてしまった。
花まつりから数日たったある日、乗馬の練習を抜け出してフェリクスはルクリュ家の屋敷の近くまでやって来た。
もう一度彼女に会いたい――。
……会って一体どうするのか。この間のお礼を言って――それから?
フェリクスが迷いに迷っている間に彼が乗っているポニーは退屈を持て余したのか、ついに草を食みはじめていた。
しばらくしてポニーがぴくぴくと耳を動かし、顔を上げた。数秒遅れて、ドッ、ドッ、ドッ……と大地を力強く蹴る蹄の音が遠くに聞こえた。
フェリクスが音のする方向を見やると、最初は黒い点だったそれが近づくにつれ見る間に立派な馬の姿になりこちらに向かってくる。
「……! ミレーヌ?」
驚いたことに馬上にはミレーヌの姿があった。
そして、彼女の後ろで馬を操っているのは背の高い黒髪の少年――。
少年は随分前にフェリクスに気づいていたのか近づくにつれ見事な手綱さばきで徐々にスピードを落とし、ポニーが怯えないようにゆっくりとした足取りに切り替えて数メートルの位置までやってきた。
「……フェリクス様!」
ミレーヌもすぐにフェリクスに気づいて馬上で手を振っている。
今日の彼女は白いシャツのに乗馬用の上衣を羽織り、ズボンとブーツといういで立ちで先日のドレス姿とはだいぶ印象が違って見える。
「ふーん。キミが噂のアルノー家の令息か」
ミレーヌのすぐ後ろの少年が無遠慮にフェリクスを上から下まで眺めまわしてから呟くようにそう言った。
軽くウェーブした艶々とした黒髪に気の強そうなヘーゼルグリーンの瞳をしたその少年は面白いものを見たという表情を浮かべてフェリクスの顔を眺めて笑っている。
その自信満々な、見ようによってはふてぶてしい態度にムッとしながらも、フェリクスは冷静を装って少年に呼びかけた。
「……フェリクス・ド・アルノーだ。そういう君は?」
「リオネル・ド・バイエ。……今は、ルクリュ家の屋敷に滞在している。どうぞ、お見知りおきを」
リオネルが名乗りを上げたその直後、リオネルのすぐ前に座っていたミレーヌが腰を浮かせた。
「おい、ミレーヌ?」
身軽な動作でひらりと馬から下りてしまうと、ミレーヌはリオネルを振り返った。
「あんまり、飛ばし過ぎよ。リオネルはランボーなんだから」
拗ねたようにプイと顔を背けると、ミレーヌはフェリクスのポニーに駆け寄った。
「リオネルは、好きなだけ飛ばしてきたらいいわ。わたしはフェリクス様とお話ししているから」
ミレーヌの一言にリオネルは露骨に眉をひそめた。
「……フン。 馬に乗りたいと言ったのは君だろ。……好きなだけおしゃべりしたらいいさ」
不機嫌そうにそれだけ言うと、リオネルは黒毛の馬を駆って再び猛然としたスピードで走り去ってしまった。
「……いいのですか?」
再び、草原の黒い点となってしまったリオネルを見送りながら、フェリクスはミレーヌに尋ねた。
当のミレーヌはすっかりへそを曲げてしまったらしいリオネルを涼しい顔で見送っている。
「だいじょうぶよ。彼、わたしの幼馴染なの。……本当は、あれでもけっこう優しいから」
そう言ってミレーヌは馬上のフェリクスを見上げると花のような笑顔を浮かべた。