アラサーですが異世界で婚活はじめます
34-2 悪魔の手招き
『ダミアン。やっぱり、嫌だ……俺はこんなことに関わりたくない』
『何をいまさら……。ここまで来たからには最後までつきあってもらうぞ』
『貴族の令嬢を攫ったりなんかして……もし捕まったらそれでおしまいだ!』
『弱音を吐くんじゃあない。金がないんだろう? 大学に戻れなくなってもいいのか?』
二人の男の言い争う声がボンヤリとした頭の中に響いている。
……何とかして……逃れなければ。
辛うじてそう考えることはできる、けれど、いくら力を込めても指先一本さえ意のままにならない。
『……せめて馬車までは一緒に来い。その後はどこへなりと逃げるがいいさ』
すでに幕間は終わったらしく、第二幕の開演にあたって、再び観客から舞台へ拍手が送られる。
かすかにさざ波のようなその音を聞きながら、美鈴は自由にならない身体を何とかして動かそうとしていた。
……何とかして、逃れるすべを見つけなくては。誰かにこのことを伝えないと……。
「うっ……!」
かすかなうめき声が美鈴の唇から漏れた、と同時にそれに気づいた黒髪の男――ダミアンが眉を顰める。
「大人しくしていなさい。無理に動いても身体に毒ですよ」
美鈴の耳元に囁きながら、ダミアンは美鈴の身体をコートで包み表情が窺えないように顔にヴェールをかけた。
ガチャリ、と扉が開く音と同時に二人の男の腕に両側から支えられるような状態で部屋から連れ出される。
観客たちが再び観劇に戻る頃合いを見計らってダミアンが美鈴を連れ出そうとしていることは明白だった。
ついに正面玄関まで来ると、怪訝な顔で二人を眺めている守衛にダミアンは声をかけた。
「私の連れが、具合を悪くしてしまったようで……。辻馬車で構わないから今すぐ呼んでくれ」
守衛が馬車を手配している間、召使いのお仕着せの青年は終始うつむいたまま美鈴の様子をうかがっていた。
ぐったりとした身体に生気はなく、顔はうっすらと青白い。
罪悪感からだろうか。閉じた睫毛が影を落としているその顔を見つめ続けることができずに、視線を足元に落としたその時――。
彼の顔がざっと青ざめた。
『靴が……片方、ない……?』
ドレスに合わせたベージュピンクの絹地の美しい靴――。
美鈴の片方の足から、その靴が消えてなくなっている。
もし、それが伯爵令嬢の部屋から見つかってしまったら、非常にまずいことになる。
「ダミアン……!」
劇場の入り口に馬車を横付けされた辻馬車に向かって歩きながら、青年はダミアンに耳打ちした。
「なんてことだ……」
顔をこわばらせながら、ダミアンは呻いた。
「俺は、このままアパルトマンに戻る。お前が、靴を見つけるんだ――いいか」
美鈴を辻馬車に乗せた後、ダミアンが青年の肩を掴みながら、鋭い目つきで食らいつくように青年の瞳を捉えた。
「もし、そのまま逃げたら……俺は、お前のことをバラしてやる。お前ひとりが罪をかぶることになる……分かったな?」
「そんなっ! 元はといえばお前が――!」
青年がなおも食い下がろうとしたその瞬間、ダミアンがその肩を乱暴に突き放した。
「とにかく、直ぐに靴を見つけろ! ……それから身を隠せ。いいな?」
身をひるがえしてダミアンが馬車に乗り込むとすぐに辻馬車はその場を去ってしまった。
カラカラと音を立てて去っていく馬車をしばし放心したように見送っていた青年が意を決したように踵を返し、再び劇場の入り口に向かっていく。
……早く、早く靴を見つけて……この場から去らなくては!
青年はいましがた通った通路を逆に辿り、ボックス席へと急いだ。
『何をいまさら……。ここまで来たからには最後までつきあってもらうぞ』
『貴族の令嬢を攫ったりなんかして……もし捕まったらそれでおしまいだ!』
『弱音を吐くんじゃあない。金がないんだろう? 大学に戻れなくなってもいいのか?』
二人の男の言い争う声がボンヤリとした頭の中に響いている。
……何とかして……逃れなければ。
辛うじてそう考えることはできる、けれど、いくら力を込めても指先一本さえ意のままにならない。
『……せめて馬車までは一緒に来い。その後はどこへなりと逃げるがいいさ』
すでに幕間は終わったらしく、第二幕の開演にあたって、再び観客から舞台へ拍手が送られる。
かすかにさざ波のようなその音を聞きながら、美鈴は自由にならない身体を何とかして動かそうとしていた。
……何とかして、逃れるすべを見つけなくては。誰かにこのことを伝えないと……。
「うっ……!」
かすかなうめき声が美鈴の唇から漏れた、と同時にそれに気づいた黒髪の男――ダミアンが眉を顰める。
「大人しくしていなさい。無理に動いても身体に毒ですよ」
美鈴の耳元に囁きながら、ダミアンは美鈴の身体をコートで包み表情が窺えないように顔にヴェールをかけた。
ガチャリ、と扉が開く音と同時に二人の男の腕に両側から支えられるような状態で部屋から連れ出される。
観客たちが再び観劇に戻る頃合いを見計らってダミアンが美鈴を連れ出そうとしていることは明白だった。
ついに正面玄関まで来ると、怪訝な顔で二人を眺めている守衛にダミアンは声をかけた。
「私の連れが、具合を悪くしてしまったようで……。辻馬車で構わないから今すぐ呼んでくれ」
守衛が馬車を手配している間、召使いのお仕着せの青年は終始うつむいたまま美鈴の様子をうかがっていた。
ぐったりとした身体に生気はなく、顔はうっすらと青白い。
罪悪感からだろうか。閉じた睫毛が影を落としているその顔を見つめ続けることができずに、視線を足元に落としたその時――。
彼の顔がざっと青ざめた。
『靴が……片方、ない……?』
ドレスに合わせたベージュピンクの絹地の美しい靴――。
美鈴の片方の足から、その靴が消えてなくなっている。
もし、それが伯爵令嬢の部屋から見つかってしまったら、非常にまずいことになる。
「ダミアン……!」
劇場の入り口に馬車を横付けされた辻馬車に向かって歩きながら、青年はダミアンに耳打ちした。
「なんてことだ……」
顔をこわばらせながら、ダミアンは呻いた。
「俺は、このままアパルトマンに戻る。お前が、靴を見つけるんだ――いいか」
美鈴を辻馬車に乗せた後、ダミアンが青年の肩を掴みながら、鋭い目つきで食らいつくように青年の瞳を捉えた。
「もし、そのまま逃げたら……俺は、お前のことをバラしてやる。お前ひとりが罪をかぶることになる……分かったな?」
「そんなっ! 元はといえばお前が――!」
青年がなおも食い下がろうとしたその瞬間、ダミアンがその肩を乱暴に突き放した。
「とにかく、直ぐに靴を見つけろ! ……それから身を隠せ。いいな?」
身をひるがえしてダミアンが馬車に乗り込むとすぐに辻馬車はその場を去ってしまった。
カラカラと音を立てて去っていく馬車をしばし放心したように見送っていた青年が意を決したように踵を返し、再び劇場の入り口に向かっていく。
……早く、早く靴を見つけて……この場から去らなくては!
青年はいましがた通った通路を逆に辿り、ボックス席へと急いだ。