アラサーですが異世界で婚活はじめます
「はっ、はぁっ……!」

 一刻も早くあの不気味な黒髪の男から逃げおおせたい一心で、美鈴は並木道を走り続けた。

 時折、恐怖心から後ろを振り返り、男が追って来ないことを確認しては、森の中を無我夢中で駆け抜ける。

 普段は冷静沈着で通っている自分が、あれしきのことでこんなにも取り乱してしまっている……。

 美鈴は自分の軽率な行動と非力さを悔みながら、一刻も早く元の場所へ、リオネルの元に向かって走った。

 裾の長いデイドレスは、夜会服ほど扱いづらくはないのだが、問題は靴の方だった。

 美鈴が履いている革製の華奢なバレエシューズに似た靴は長歩きにはとうてい向いていない。

 それどころか、この世界では貴族の女性の移動手段の基本は馬車であり、遠乗り用のブーツなど特別な場合を除いて長距離を歩く、ましてや森を疾走するような靴の用途は想定されていない。

 あれだけ気持ちよく晴れていたのに、急に雲が出てきたのだろうか。日が陰って暗くなった森の中は、さきほどの木漏れ日の溢れる美しい森とは全く別の表情をみせていた。

 天気が崩れてきたためか、散歩中の人の姿もほぼ見かけられなくなってきた。

 走り続けて苦しくなった呼吸と足の痛みに耐えながら、少しでも先に進もうとしていた美鈴はふいに違和感を感じて足を止めた。

 ……ここは……さっき通ってきた道じゃない。

 往きの時点では十分注意を払っていた並木道の分岐を、どうやらどこかで間違えてしまったらしい。

 いつの間にか美鈴が迷い込んでしまった、メインストリートから分岐した道の先は複雑に曲がりくねっていて、その先はより細い小路に通じているように見える。

 青ざめた美鈴は引き返そうと踵を返しかけたが、走り続けたせいで呼吸は乱れ、足の痛みはどんどん増してくる。

 もう、動けない……いっそ、この場に座りこんでしまいたい……。そんな、投げやりな考えが頭をよぎった瞬間。
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