アラサーですが異世界で婚活はじめます
 ……伯爵家の御曹司!!

 美鈴は自分も慌てて腰を落とし、青年と目線を合わせた。

 まだ公式な社交界デビューをしていない美鈴にとって、相手がどれほどの家柄なのか推しはかる術はない。

 ……もし、この申し出を断ることで、ルクリュ家に何か迷惑をかけるような事態になったら……そこに思い至ったとき美鈴は青ざめた。

「……ご厚情、ありがたくお受けします。伯爵様」

 美鈴の返答に、フェリクスはほんの少し顔を(しか)めた。

「……伯爵、などと呼ばなくても結構です。フェリクス、と呼んで頂きたい」

 さきほどまでの優し気な態度と打って変わり、キッパリとそう言い放ったフェリクスに、美鈴は驚いて彼の顔をまじまじと見つめてしまった。

 美鈴の戸惑いに気づいたのか、フェリクスは美鈴に向かって軽く微笑んでみせると、そっと美鈴の手を取った。

「さあ、急ぎましょう。……雨が降り出さないうちに」

 フェリクスは美鈴を気遣いながら立ち上がらせると、軽く肩支えるようにして、美鈴の歩幅に合わせて少しずつ小路の奥へと導いた。

 犬のドルンは、フェリクスが手で軽く合図しただけで大人しく二人の後に付き従ってくる。

 美鈴が最初に見た時には永遠に奥に続くのではないかと思った細い道は、意外にも森の外周の一部を囲む富裕層の住む住宅街への抜け道となっていた。

 ほんの10分ほど小路を歩き、住宅街へたどり着いた時、やっとのことで迷路から抜け出せた心境の美鈴は、つい立ち止まって安堵の吐息を漏らした。

 それを疲労によるため息と考えたのか、フェリクスは帽子の影の美鈴の顔を覗き込みながら、優しい声音で話しかけた。
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