アラサーですが異世界で婚活はじめます
 40代前半の貴婦人は色白でほっそりとしており、たおやかな肢体と優雅な身のこなしとは対照的な意志の強そうな黒曜石(こくようせき)の瞳をもち、その双眸(そうぼう)は扉の両脇に据えられたランプの灯りを受けて輝いている。

 パリスイの貴族社会の最上位に位置する、現国王と遠戚関係にあるヴィリエ公爵家出身の彼女は十代後半でフォンテーヌ侯爵に嫁ぎ、夫と死別してからは女侯爵として領地の切り盛りや産業への投資に力を入れている女傑(じょけつ)であった。

 侯爵夫人に続いて、紅バラを思わせる可憐なドレスの令嬢が現れた。

 彼女が現れた瞬間、広間の前方のざわめきはさらに大きくなり人々は口々に彼女の名を口にした。

 侯爵夫人の実家でもあるヴィリエ公爵家の長女、パリスイ貴族社会の令嬢の中の令嬢、輝くストロベリーブロンドの髪を結い上げた、アリアンヌ・ド・ヴィリエが少し緊張した面持ちで夫人の後を追うように第二の間に歩み出る。

 第二の間に進み出た夫人は従僕の一人が先導する中、最前列から二列目にいるジュリアンの元へしずしずと歩を進めた。

 目の前の侯爵夫人に向かい、ジュリアンは頭を垂れ、なぜか申し訳なさそうな様子で二言、三言言葉を交わしているようだった。

 侯爵夫人は薄いシルク地に金色の細工を施した扇で、居並ぶ人々の視線から表情を隠しながらジュリアンの言葉に真剣に耳を傾けているようだった。

「……フ—ン、なるほどな」

 隣に立つリオネルがふと漏らした呟きに、美鈴が思わず彼を仰ぎ見ると、面白い見世物を見たと言わんばかりの表情をしたリオネルと視線がぶつかった。

「……何があったの? 一体」

 一人だけ訳知り顔で笑っているリオネルに対して少々の苛立ちを感じながら、美鈴は彼に問いただした。
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