キミの足が魅惑的だから
第二章 子犬に囚われるメヒョウ?
就業時間十分前。私のデスクの前でニコニコと笑顔を浮かべている男がいる。車のキーを指に絡めて、じっと顔を見つめてくる奴は……数時間前に知り合ったばかりの社長の次男坊だ。
「なに……してるんですか?」
「忠犬ハチ公」
「はい?」
「足、痛くない?」
「平気です。だから一人で帰れますので」
「送るって約束した」
「一方的に……ですよね?」
「承諾必要?」
「当たり前ですよね?」
「婚約者なの……」
「違いますよね? そこも承諾が必要です! 最も重要な承諾案件!」
翔太の言葉にかぶさるように言葉を発した。
秘書課の人たちがどよめくのが耳に入ると、ため息をついた。これでは勘違いされ、明日のは噂が広まっている。
若き社長の息子が、秘書課のお局に付き合わされている……という事実とは違う噂が流れるんだ。
勘弁してほしい。
「さくらの足のことを考えていただけで、今日はもう二回もぼっ……き」
「すとーーっぷ。それ以上は聞きたくありませんので。セクハラです」
「愛の言葉なのに?」
「どこがですか?」
「その顔……最高。その表情のまま赤いヒールで俺をーー」
「すとーーっぷ。はい、仕事の邪魔なので廊下にいてください。なんだったら営業課にお戻りください」
私は立ち上がると、翔太の背中をぐいぐいと押した。秘書課の部屋から押し出すと、ドアをバンっと音をたてて閉めた。
残業しないで帰るとは言ったが……就業時間になりました、ハイ帰ります……ってなるわけがない。
「課長……お見合いでもしたんですか?」
女性の部下が恐る恐る質問してきた。
さっきの会話、ばっちりと聞かれていたよなあ。
「していません。なぜ、ああなったのか……私もいまいち」
理解できない。
ドアキックで、プロポーズなんて聞いたことがない。
「そもそも軽い男なのかもしれません。あれだけの整った顔であれば……遊びになれているでしょうし」
「いえ、朝比奈専務は女嫌いで有名ですよ? 告白してきた女性社員かたっぱしから怒鳴ってますから」
「……え? 怒鳴る?」
「はい。人を誘う前に仕事しろ! って」
「ん? あそこにいるのは……別人ですか?」
「いえ、本人だと思いますが」
一瞬の沈黙の後に、秘書課の女性たちと冷めた笑いが起こった。
◇◇◇
「あれ? もうこんな時間じゃない!」
気が付けば夜の八時過ぎ。仕事に夢中になりすぎた……私の悪い癖だ。秘書課の室内にはもう誰もいない。残業はしない宣言してたのに。いつも通りの時間になってしまった。
パソコンの電源を切って、鞄を肩にかけると立ち上がった。
さすがに……もう、待ってないよね。
送るっていっても、すでに三時間近く過ぎてるし。
ある意味、残業して良かったのかもしれない。
私はオフィスの電気を消すと、秘書課のドアを開けた。
「……え?」
廊下に座り込んで、コーヒーのペットボトルを片手に眠っている朝比奈課長の姿があった。
うそ……いたの?
「あ、あの……課長?」
私はツンっと肩を指先で突いた。
「ん? あ……終わった? ごめん、寝ないようにコーヒーを飲んでいたのに」
「いえ……帰らなかったんですか?」
「なんで? 送るって言ったじゃん」
「でも……こんなに長い時間……」
待たせていたと思うと申し訳なく思う。
「さくらの足のためなら、何時間だって待てるよ」
「……やっぱり、そこ、ですか……ひぃぃっ!」
膝をペロリと舐められて、私は声にならない悲鳴があがった。
膝下から膝上を舌先で舐め上げられ、膝頭の上でチュッと吸い上げられた。
「なんでストッキングはいてるの? 生足がいいのに……」
「……冷え防止です」
年が年ですから! 足が冷えるんですっ。
生足とか……明日、もれなく腹痛を起こしましょう! と言っているようなものだ。
「ああ、でも。黒の網タイツなら……」
「はきません」
「ガーターベルトとか」
「やりません」
「黒の下着で」
「無理です」
「え? でも今日は黒の下着じゃん」
「……はい?」
なんで知ってるの?
立ち上がった翔太が指先でワイシャツの襟元を引っかけた。
「ここから見える。明日からきちんと首元までしめてね。デスクの前に立つと丸見えだから。胸の谷間も下着も。レース多めの黒ブラなんて男を誘っているようにしか見えないから」
不機嫌な顔で言いながら、ワイシャツのボタンを留めてくれる。
「あの、胸は嫌い?」
「はあ? ちがっ……え? 誘われるがまま、手を出していいの? なら俺、すぐにでもさくらの中に入れられるけど」
「誘ってません」
「ええ? さくらの身体ならどこも好きだけど。胸、揉んでいい?」
「なぜ……そうなるんでしょうか?」
「いやいやいや、それは俺のセリフじゃね? 男を誘うなって言ってんのに、『胸は嫌い?』なんて言われたら……抱いていいですよ、っていうサインだろ」
確かに。翔太の言う通りだ。そう思われても仕方がない。
「ただ足には何の断りもなく舐めてきたのに対し、胸は見せるな、とボタンを留めたので。胸を見るのが嫌いなのかと」
「なんでそうなる? 女の胸と尻と足は……オトコの欲を掻き立てる場所だろ? それをいろんな男の目に晒したくないだけ! 見ていいのは俺だけだろ」
「違う気が……」
「俺以外に誰に見せるの?」
「誰にも見せる気はないのですが、今のところ」
「なら。俺に見せてもいいだろ?」
「そのこじつけはなんでしょうか?」
私は呆れて言葉を失った。
誰にも見せる予定はないのだから、誰にも見せないのだ。なぜ、目の前にいる男は自分だけ特別だと思うのだろうか? これが若さゆえの勢いというのか。いや、ちょっと違う気もするが……。
「見ないよ。さくらから許可がでるまでは。そこまで俺はゲスじゃない」
「……足を舐めたいっていう変態なのに?」
「そこはっ……てか! 変態とゲスは違うから。それに変態になるのはさくらだけだし」
「帰ります。お疲れさまでした」
「ちょ、ちょ、ちょ……っと! 送っていくって言ってあるだろうが」
手首をぎゅっと掴まれると、歩き出す私の足を止められた。
「なに……してるんですか?」
「忠犬ハチ公」
「はい?」
「足、痛くない?」
「平気です。だから一人で帰れますので」
「送るって約束した」
「一方的に……ですよね?」
「承諾必要?」
「当たり前ですよね?」
「婚約者なの……」
「違いますよね? そこも承諾が必要です! 最も重要な承諾案件!」
翔太の言葉にかぶさるように言葉を発した。
秘書課の人たちがどよめくのが耳に入ると、ため息をついた。これでは勘違いされ、明日のは噂が広まっている。
若き社長の息子が、秘書課のお局に付き合わされている……という事実とは違う噂が流れるんだ。
勘弁してほしい。
「さくらの足のことを考えていただけで、今日はもう二回もぼっ……き」
「すとーーっぷ。それ以上は聞きたくありませんので。セクハラです」
「愛の言葉なのに?」
「どこがですか?」
「その顔……最高。その表情のまま赤いヒールで俺をーー」
「すとーーっぷ。はい、仕事の邪魔なので廊下にいてください。なんだったら営業課にお戻りください」
私は立ち上がると、翔太の背中をぐいぐいと押した。秘書課の部屋から押し出すと、ドアをバンっと音をたてて閉めた。
残業しないで帰るとは言ったが……就業時間になりました、ハイ帰ります……ってなるわけがない。
「課長……お見合いでもしたんですか?」
女性の部下が恐る恐る質問してきた。
さっきの会話、ばっちりと聞かれていたよなあ。
「していません。なぜ、ああなったのか……私もいまいち」
理解できない。
ドアキックで、プロポーズなんて聞いたことがない。
「そもそも軽い男なのかもしれません。あれだけの整った顔であれば……遊びになれているでしょうし」
「いえ、朝比奈専務は女嫌いで有名ですよ? 告白してきた女性社員かたっぱしから怒鳴ってますから」
「……え? 怒鳴る?」
「はい。人を誘う前に仕事しろ! って」
「ん? あそこにいるのは……別人ですか?」
「いえ、本人だと思いますが」
一瞬の沈黙の後に、秘書課の女性たちと冷めた笑いが起こった。
◇◇◇
「あれ? もうこんな時間じゃない!」
気が付けば夜の八時過ぎ。仕事に夢中になりすぎた……私の悪い癖だ。秘書課の室内にはもう誰もいない。残業はしない宣言してたのに。いつも通りの時間になってしまった。
パソコンの電源を切って、鞄を肩にかけると立ち上がった。
さすがに……もう、待ってないよね。
送るっていっても、すでに三時間近く過ぎてるし。
ある意味、残業して良かったのかもしれない。
私はオフィスの電気を消すと、秘書課のドアを開けた。
「……え?」
廊下に座り込んで、コーヒーのペットボトルを片手に眠っている朝比奈課長の姿があった。
うそ……いたの?
「あ、あの……課長?」
私はツンっと肩を指先で突いた。
「ん? あ……終わった? ごめん、寝ないようにコーヒーを飲んでいたのに」
「いえ……帰らなかったんですか?」
「なんで? 送るって言ったじゃん」
「でも……こんなに長い時間……」
待たせていたと思うと申し訳なく思う。
「さくらの足のためなら、何時間だって待てるよ」
「……やっぱり、そこ、ですか……ひぃぃっ!」
膝をペロリと舐められて、私は声にならない悲鳴があがった。
膝下から膝上を舌先で舐め上げられ、膝頭の上でチュッと吸い上げられた。
「なんでストッキングはいてるの? 生足がいいのに……」
「……冷え防止です」
年が年ですから! 足が冷えるんですっ。
生足とか……明日、もれなく腹痛を起こしましょう! と言っているようなものだ。
「ああ、でも。黒の網タイツなら……」
「はきません」
「ガーターベルトとか」
「やりません」
「黒の下着で」
「無理です」
「え? でも今日は黒の下着じゃん」
「……はい?」
なんで知ってるの?
立ち上がった翔太が指先でワイシャツの襟元を引っかけた。
「ここから見える。明日からきちんと首元までしめてね。デスクの前に立つと丸見えだから。胸の谷間も下着も。レース多めの黒ブラなんて男を誘っているようにしか見えないから」
不機嫌な顔で言いながら、ワイシャツのボタンを留めてくれる。
「あの、胸は嫌い?」
「はあ? ちがっ……え? 誘われるがまま、手を出していいの? なら俺、すぐにでもさくらの中に入れられるけど」
「誘ってません」
「ええ? さくらの身体ならどこも好きだけど。胸、揉んでいい?」
「なぜ……そうなるんでしょうか?」
「いやいやいや、それは俺のセリフじゃね? 男を誘うなって言ってんのに、『胸は嫌い?』なんて言われたら……抱いていいですよ、っていうサインだろ」
確かに。翔太の言う通りだ。そう思われても仕方がない。
「ただ足には何の断りもなく舐めてきたのに対し、胸は見せるな、とボタンを留めたので。胸を見るのが嫌いなのかと」
「なんでそうなる? 女の胸と尻と足は……オトコの欲を掻き立てる場所だろ? それをいろんな男の目に晒したくないだけ! 見ていいのは俺だけだろ」
「違う気が……」
「俺以外に誰に見せるの?」
「誰にも見せる気はないのですが、今のところ」
「なら。俺に見せてもいいだろ?」
「そのこじつけはなんでしょうか?」
私は呆れて言葉を失った。
誰にも見せる予定はないのだから、誰にも見せないのだ。なぜ、目の前にいる男は自分だけ特別だと思うのだろうか? これが若さゆえの勢いというのか。いや、ちょっと違う気もするが……。
「見ないよ。さくらから許可がでるまでは。そこまで俺はゲスじゃない」
「……足を舐めたいっていう変態なのに?」
「そこはっ……てか! 変態とゲスは違うから。それに変態になるのはさくらだけだし」
「帰ります。お疲れさまでした」
「ちょ、ちょ、ちょ……っと! 送っていくって言ってあるだろうが」
手首をぎゅっと掴まれると、歩き出す私の足を止められた。