【完】STRAY CAT
ぎり、と机の下で拳を握る。
お腹の中が黒い感情で満たされて、喉につかえてしまいそうなほどにせり上がってくるのを感じる。
……なにが、"大切な娘たち"だ。
わたしたち姉妹から、いちばん大切なものを奪っておいて。いまさら父親面されたところで、何ひとつあの頃の大切なものは帰ってはこない。
黒いスーツ、黒髪、黒縁メガネ。
黒を身に纏ったこの人にお似合いの、黒田という名前。
「黒田さん。……渡したいものってなんですか」
「……ええ、こちらに」
わざとらしく話を変える。
彼が紙袋から取り出したのは、小さな箱だった。
それはそれは、とても小さな、箱。
中身なんて、正直聞かなくてもわかっていた。
「御婚約、おめでとうございます」
開かれたそこに、ほの暗い照明でも輝くプラチナ。
そして圧倒的な存在感を放つ、ダイヤモンド。
「……ずいぶんと味気ないプロポーズね」
橘花の社長令嬢が、婚約を決めた時。
もしくは子息が、嫁に迎える女性を決めた時。
代々受け継ぐと決められている、橘花の女性だけが嵌めることを許された、世界にたった一つの指輪。
持ち主不在のそれは、どうやらここへ行き着いたようだ。
「……結婚は卒業してからって聞いたけど」
指輪を抜き取って、自らの指に嵌めてみる。
まるでわたしが持ち主であったかのように、それはわたしの左手の薬指に、綺麗に収まった。