【完】STRAY CAT
エレベーターに乗っている数秒の間も、ハセはイライラしていて。
スーパーのレジ袋が、かさかさとこの場に不似合いな音を発する。
「ねえ、やっぱり怒って、……っ!?」
エレベーターを降りてハセの家の前にたどり着くと、鍵を開けた彼に「お邪魔します」の一言を伝える間もなく。
ばたんと、後ろで閉まるドア。廊下の先にあるリビングから薄ら洩れてくる太陽の光が逆光なせいで、ハセの顔が見えない。
「むしろ、怒ってねえとでも思ってんの?」
「え、……っ、ん」
がさっとスーパーの袋が床に滑り落ちたかと思うと、手をドアに押し付けられる。
それに気を取られたせいで距離が縮まったことに気づかなくて、さっきとは比べ物にならないくらい深いくちづけで言葉を封じられた。
強引で性急なキスに、息苦しさで涙が滲む。
だけど裏腹にわたしの指に絡む指は、優しくて。
「……鞠が俺のこと好きじゃないのは知ってる。
それでもいいと思って半ば強引に彼女にしたけど、」
落とされる声は、懺悔しているみたいに。
とても冷たくて、哀しい色を纏っていた。
「……なんにも、よくなかった」
「ハセ、」
「名前。……ちゃんと、俺のこと呼んで」
また、キス。
お互いの熱は馬鹿みたいに上がっていくのに、それでも心は完全に冷え切って。縮まったはずの距離がただ幻想で、実際はそうでもなかったことを、わざとらしく突きつけてくる。
……はじめて、だ。