【完】STRAY CAT
──そんな俺の気持ちなんてものは、結局あっさりと打ち砕かれるのだ。
それは、時計が21時を示す、すこし前のこと。
「……すっかりご機嫌だったわね」
ぽつり。
ふたりきりの静かなリビングで、鞠がそう零す。
淹れてくれた紅茶の入ったカップに口をつけて。
ちらりと視線を持ち上げれば、どうやら蒔のことを言っているらしかった。……蒔のことになると、表情が優しくなる。
蒔はついさっき、寝るために自分の部屋へと向かった。
俺は夕飯を済ませた時点で帰るつもりだったのに、蒔との話に気を張っていたせいか、そのあと居眠ってしまって。
その間に姉妹で風呂を済ませたらしい。
風呂から上がった蒔に起こされて「あそんで」とねだられた俺は、結局居心地のいい橘花家に現在も居座っているわけで。
カップを置いてから鞠の肩を抱き寄せると、思ったよりすんなりと寄り掛かってくれる。
「どした?」と優しく問えば、鞠は首を横に振った。
「すこし考え事してただけ。
……それより、いまさらだけど帰らなくていいの?」
「まだ21時前だし大丈夫。
それに、どうせ同じマンションにいるんだし」
風呂上がりなせいか、鞠から甘い匂いがする。
盗み見ようとしたつもりがばっちり視線が絡んで、何を言うでもなくお互いに見つめ合った。それから。
「ハセ、」
「……名前で、呼べよ」
どちらともなくくちびるを重ねると、あっという間に深くなっていく。
何度も何度も交わすのに、めずらしくそういう雰囲気にはならなくて。押し倒した鞠が立てた衣擦れの音に、ようやく空気は艶やかな色づきを見せた。
その戸惑いがちな目が、俺の中の何かを煽る。
普段はそんな不安そうな顔、見せたりしないくせに。