【完】STRAY CAT
はじめて屋上に行った日。
はじめて彼に好きだと告げた日。
「どこか一個でも変わってたら、
鞠は今でも俺の隣にいたんじゃないかって、」
ずっと一緒にいようねって、想い合ってた日。
……わたしだって本当は、ほんのひとつも、忘れたくなかった。
「もしこうなる結末が、変わってなくても。
……もうすこしはやく鞠に向き合ってやるとか、一回でも多く、好きだって言ってやるとか」
そういうことができたんじゃないかって思う。
静かな部屋の中に、恭が優しく伝えてくれる声だけが、沁みるように消えていく。
痛いくらいに優しくて、繊細で、愛しい彼の後悔。
「今もそう思ってる」と告げる恭の気持ちは、聞かなくたってわかっていた。
わかっていたから、聞きたくなかった。
そうなればもう、後戻りできないことを、わたしは知っていたから。
「……ずっと変わらず、お前のことが好きだよ」
「っ、」
ゆらゆらと、視界が揺らいでしまう。
わたしの顔を覗き込んだ恭の表情が見えなくて、それでも、なんだか優しく笑ってくれたのを感じた。
くちびるが震えて、言葉が、声にならない。
はらりと涙がこぼれ落ちて、視界が一度クリアになった。
「……わ、たし、は、」
閉じ込めた思い出がセピアに褪せるのは、時間がかかる。
その時間が、どう考えたって、わたしには足りなかった。
だってどうしようもなく、目の前の彼が愛しくてたまらないから。
何よりも大切な妹が待っている家に帰れずに、わたしは今、恭の腕の中にいるんだから。