【完】STRAY CAT
「なあ、鞠」
くっと近づく、ふたりの距離。
すこしでも動いてしまえばたやすく触れてしまうそれは、この部屋の空気を密に色づかせる。
「恭、」
逸らしたいのに、逸らせない視線。
……ううん、本当は、逸らしたくなんてないのに。
感情を繕って、仮面をかぶって生きていれば、揺らされることなどないと思っていた。
そうしていれば蒔をこの手でしあわせにしてあげることができると、知っていたから。
なのに、わたしの感情はひどく素直なのだと思う。
恭に触れられてしまえば、鉄壁だって一瞬にして崩れ去ってしまう。
わたしは。
……別れてからもずっと、恭のことだけ、好きだった。
「っ、んん」
さっき一度だけされたキスとは違う、熱のこもったそれ。
拒もうと思えば拒めるくせに、わがままなわたしは貪欲にも恭のことだけ求めてしまう。
家で、未来を誓うはずの相手が待っているのに。
……そんなわたしの気持ちなんて、恭にはお見通しなのかもしれない。
後頭部に手を添えられて、塞がれたくちびるがこれ以上言葉を紡ぐことはない。
言葉になりきれない声だけが、小さく漏れるだけの空間。
融かされそう、と。はたらかない頭の隅で、すこしだけ思った。
「鞠」
恭が手をつく位置を変えれば、ふたりの重さを受けているソファがギシリと軋んだ音を立てる。
それにすら煽られて、ひどく頰が熱く感じる。