【完】STRAY CAT
「待っ、だれかくるかもしれないから……」
いつの間にか握られている主導権。
怪我に気を遣っているのか右腕で体重を支えている恭を、じっと見上げる。
押し倒されているこの状況を、誰かに見られるなんて冗談じゃない。
ハセ相手なら、ここまで動揺することなんてないのに。
「それは、誰も来ねーなら"いい"っつーこと?」
「っ、」
そ、ういうわけじゃ。
ないのに、と言いたくなるけれど、迂闊な発言はできなくて口を閉ざす。
嫌じゃないというわたし自身の気持ちと、帰らなきゃいけないという現実。
ジレンマにじりじりと焦がされている間にも、恭はわたしとの距離を簡単に詰めてくる。
「心配しなくても、誰も来ねーよ」
気ぃ遣って出てったくらいだしな、と。
わずかに呆れたように言って、わたしの首元に顔を寄せる恭。ほんのりと香るダークフローラル。
「……、ムカつく」
「え?」
「お前から、お前じゃない匂いがする」
「っ、き、のせいじゃ、ないの」
電話が来る寸前まで、寄せ合っていた身体。
もし恭が怪我もしていなくて、電話も掛かって来ていなかったら、わたしはきっと、あのまま。