【完】STRAY CAT
「お前と一緒に過ごしてたから。
アイツの性格は、あんなに穏やかになった」
「………」
「……相当惚れ込んでたんだろうな」
ひとりで過ごしてきた恭に、しつこく話し続けていたのはわたしだ。
そのわたしが自分から離れていったのに、それについて怒ることもなく、好きだと言ってくれた恭。
喧嘩っ早いなんて、あすみくんは言うけれど。
屋上に毎日通っていたわたしに手を上げることもなく、突き放すこともしなかった優しさを思うと、涙があふれてくる。
「わたし……橘花の跡継ぎなの」
恭には、言えない。
15年名乗ってきた西澤の姓は、もう捨てた。
「母子家庭だと思って過ごしてきたのに。
……実は父親は、大グループの社長だった」
本当はお金なんていらなかった、と思う。
わたしは母子家庭として育ってきた15年間、自分のことを不幸だなんて思ったことは、ただの一度もなかった。……むしろ、幸せだった。
そんな大グループの社長なんてことは良くて。
……お母さんのそばに、いてあげて欲しかった。
「橘花には、跡継ぎがいないの。
……だから、わたしが結婚して、後継者を残す」
恭とうっかり再会したファミレスが、もうそこに見える。
話していたらいつの間にか、1駅分は容易く歩いてしまったようだ。
「紘夢のお父さんの会社が、近年有名で。
……問題なく、一緒にいてくれるみたい」
唐突なわたしの話を、あすみくんは黙って聞いてくれる。
どことなく優しい表情を見て、彼が大切にしている彼女は、きっととても愛されてるんだろうと不意に思った。