【完】STRAY CAT
恭のことを好きな気持ちも。
紘夢がわたしを好いていてくれたことも、婚約の話も、いい加減少し疲れた。……休ませてほしい。
「……そうですか。
それでは、社長にそのままお伝えしておきます」
「いずれは婚約するつもりだから。
蒔には引き続き会わないでと伝えておいて」
「ええ。……それと。
婚約の話はキャンセルで構わないから、来月に迫っている社長の誕生日パーティーの打ち合わせをしたいと仰っておりました」
「……しなきゃいけないの? それ」
「というのは前提で。
……鞠お嬢様と、すこしお話したいのだと」
わざわざ前置きしてくるということは、時間を作って会った上で話をしたいということなのだろう。
色々考えた上で「わかった」と返事をすれば、黒田さんは「よろしくお願い致します」と丁寧に腰を折った。
「それでは、失礼致します」
「うん」
鍵はしっかり施錠してくださいね、と。
それだけ言ったかと思うと、彼は指輪を受け取って帰っていった。本当に社長秘書なのかと思うくらい不貞腐れた感じがあるけれど、なんだかんだわたしたち姉妹には優しい。
「……さて、と」
言われたとおり鍵を閉め、自室にもどる。
スマホを手に取って、一度深呼吸した。
お父さんに婚約破棄の連絡をしたときでさえ、こんなに緊張なんてしなかったのに。
……どうしてこんなに、緊張するんだろう。
震えそうな指で、連絡先を開く。
それから、今日あすみくんに教えてもらったばかりの恭の番号に触れると。わたしの緊張なんて置いてけぼりで、コール音が鳴り始める。