【完】STRAY CAT
「そういや、息子がお世話になってるみたいで」
「え? ああ、こちらこそお世話になってます」
不意に彼から話し掛けられて、ぺこりと頭を下げる。
紘夢とは一度登校日に顔を合わせて一緒に学校に行ったくらいで、それ以降は特に連絡も取っていないし会ってもいない。
同じマンションに住んでいても、案外ばったり会ったりしないもので。
今までずっと一緒にいたのは、彼がわたしと過ごそうとしてくれていたからなのだと分かった。
……蒔は、なんだかちょっと寂しそうだけど。
幼いなりに何となく察してはいるのか、特に紘夢のことを聞いてきたりはしない。
「時折楽しそうに話してくれてたんですよ。
とっても可愛らしい姉妹だって」
紘夢からどんな話を聞いていたんだろう。
なんとなく恥ずかしくて、「そんなそんな」とよく分からない返しになる。話しつつ、自然とエレベーターに向かうと、先に彼に乗ってもらって2フロア分のボタンを押した。
「紘夢は元気です、……っ!?」
エレベーターが静かに動き出した、2秒後。
沈黙がなんとなく気まずくて、最近会っていない彼の様子を聞こうと、口を開いたとき。
「ん゙……!!」
その口を、強い力で塞がれる。
あまりにも強いせいで、身動きが取れなくて。
わたしの口を塞ぐハンカチから、嗅いだことの無いような甘い匂いがする。
くらっと、脳内が揺れたのがわかった。そして。
「……脆いですね、誰も彼も」
ぷつんと、そこで意識が途絶えた。