【完】STRAY CAT
じくり、と。
また胸の内のどこかが、疼いた。
「……待って、恭!」
呼び止める。
呼び止めて、どうしたかったのかなんて、わたしにはよくわからないけど。確かなことは、一つあった。
「お母さんに……会っていってくれない?」
「……別にいいけど、」
蒔が不安そうに、わたしの手を握る。
「じゃあ寄っていって」と笑みをつくってマンションに足を踏み入れると、エレベーターに乗って8のボタンを押す。最上階。
エレベーターをおりれば、部屋はたったひとつだけ。
アパート暮らしをしていた頃のわたしたちを知っている恭からすれば、ありえないほどの暮らしの変わりぶりだろう。
誰もいない家にも、蒔はちゃんと「ただいま」を言う。それはやっぱり、わたしが教えたからで。
わたしが言わなくとも洗面所に行くのを見送って、誰もいない家の電気をつけた。
「……恭、こっち」
彼の手を引いて、リビングの隣の和室を開ける。
ぱちっと電気をつけたところで、恭が小さく息を吐き出した。
「……家の電気がついてなかった時点で。
なんとなく、そういう気がしてたよ」
「………」
広い和室の中。
そこでずっと、お母さんは眠ってる。
「……蒔がね。
いまだに寝言で、お母さんのこと呼ぶのよ」