【完】STRAY CAT
まぶたを一度、強く伏せる。
……まさかこんなに早く強要されるとは、思わなかった。
「……婚約者がいるの」
「は?」
「婚約者がいるの、わたし。
わたしと蒔の面倒を見てもらう代わりに、婚約することを約束してる」
子どもだけじゃ、どうしたって生きていけないから。
蒔がこの先も幸せに生きていけるように、わたしは自分自身でわたしの未来を売った。
「利益になる相手が、絶対条件。
それならあなたでも条件には劣らないはずよ、ハセ」
ハセの父親は、現在世界中で使用されているメッセージアプリケーション、つまりSNSのひとつをつくったIT会社の社長だ。
電子化及びデジタル技術が発達していくことで必然とされるその会社の息子が、利益にならないわけがない。
「実際に連絡したら、
利益になるなら相手を変えても構わないって言われたわ」
「………」
「だから、あなたでも構わない」
水着を一度すべてもどして、ハセを見る。
わたしの突然の内部事情に困惑している様子ではあったけれど、その瞳はそこはかとなく期待に揺らめいていた。
「知らない誰かと結婚するくらいなら。
……ずいぶん残念だけど、ハセを選ぶしかないでしょ」
「鞠、」
「愛のある結婚なんて望んでない。
でも愛のない結婚をするくらいなら、愛をくれる男を選ぼうと思うくらいに、ずるいことを考えてる」