君と向日葵
夏休みを楽しみましょう
学校の授業は7月末まででいったん中断となり、8月1日から夏休みとなった。
3日にはクラスの有志で県北の水族館に遊びに行こうということになり、都合のついた10名が3台の車に分乗して午前10時にI市を出発するところだった。
梓は南沙也加が運転する軽の後部座席に美紀と一緒に乗せてもらっていた。助手席には下田幸恵がおさまっている。
「薫さん来れなかったんだね」
美紀が小声で話しかけてくる。
「うん、何か用事があるって岸本さんに断ってたみたい」
「テニスの試合とかかな、聞いてみた?」
梓は首を横に振った。
「ううん...聞いてない」
「アズちゃん、あんまりLINEとかしないの?向こうからもこない?」
「お見舞いのとき以外はもらったことないなあ。私も何か用事がないと送りにくいし」
美紀がため息をついた。
「はあ~、用事なんかなくったってLINEくらいしていいじゃない。」
運転中の沙也加がプっと吹き出した。
「会話の内容は大体想像つくけど...アズちゃんってさ、男の子と付き合ったことないの?」
「えっ、私だって付き合ったことくらいありますよ。高校のとき、部活仲間のカレシの友達を紹介されて」
梓が心外だといわんばかりに反論した。そこに下田幸恵も口をはさんでくる。
「それで、その男の子とはどこまで行ったのかな?」
「ええっと、手をつなぎました」
「アハハハハ!」
梓を除く全員が笑った。梓の眉間にはしわが寄っている。
クルマが信号にかかったそのとき、美紀が何かに気付いたように声を上げた。
「あれ?あそこにいるのって...」
指さす方に梓が目を向けると、Rホテルの玄関前に泊まったマイクロバスから薫が降りてくるところだった。黒いスーツ姿だ。
沙也加たちも気づいたようだ。
「みんな喪服みたいだね。薫君は法事で来れなかったんだ」
「法要の後の精進落としでしょうね」
(ショウジンオトシか、おじいちゃんのお葬式の後でみんな集まって食事したアレのこと?)
美紀の頭の中には「精進落とし」という漢字が浮かばなかったようだ。
信号が変わり沙也加がクルマを発車させた。
(誰の法事なんだろう?薫さんの親戚かな)
目で追う梓に背を向けて薫が歩いていく。
(一緒にクラゲを見たかったな。トム・クルーズの映画に出てきたみたいなのを)
Rホテルの玄関に向かう薫に父親くらいの年配の男性が声をかけた。
「薫君、やっと前に進めたみたいだね。よかった」
髪に白いものが混じった中肉中背の男性は、目じりにしわを作って微笑んだ。
「はい、ありがとうございます」
薫が深々と頭を下げた。
「今日は少し、話を聞いてください」
「もちろん」
ホテルの中に入ると蝉時雨がぷつんと消えた。