君と向日葵
休日に会いましょう
4月28日。薫はI市内の実家近くを散歩していた。右手に持つリードの先には愛犬の“ヨシツネ”がいる。こいつを動物愛護センターから引き取ったのは薫が中学生の時だから、もう13歳の老犬だ。見た目は柴犬みたいな中型犬である。
薫が中1の春、母の涼子が突然「犬を飼いましょう」と言った。榊家が狭いマンションから一軒家に引っ越したばかりのころだ。それから父親と妹を交え、4人でどんな犬にするかという議論がひとしきり続いた。決め手は妹の渚が言った一言だった。
「保健所から引き取りたい」
動物好きだった渚は、以前からこの県の動物殺処分数がとても多いことに心を痛めていたのだ。ケージの中でぴょんぴょん飛び跳ねていた小さいヨシツネを一目で気に入ったのも渚だ。それから榊家は五人家族になった。
渚の次に薫のことが大好きなヨシツネは、たまに実家に帰ってくると大喜びでそばを離れない。たださすがに最近は足が弱ってきて、散歩のスピードもゆっくりとならざるを得ない。
家を出て10分ほど歩いた時、DVDのレンタルショップから髪の長い女の子が出てきて目が合った。スモック状の白いブラウスにスキニージーンズという服装だ。
「おっアズちゃん」
「あら!こんにちは」
梓が驚いたように目を見張っている。
「実家がこの近くでね、明日はI市運動公園で試合があるから帰ってきてるんだ。アズちゃんもこの辺に住んでるの?」
そういえば実家とか家族構成とかについては聞いたことがなかった。
「はいH町なんです。それでここには時々来てます」
「思ったより近くに住んでたんだな。何見るの?アベン〇ャーズとか?」
「ああ~そんな感じですね」
「やっぱりね」
心の中で絶対違うなと薫は思った。レンタル袋の中身は韓流ドラマかもしれない。まさかAV?いやそれ以上追及するのはやめておこう。
「じゃあまた学校で」
薫が軽く手を挙げて立ち去ろうとすると梓が慌てたように声を上げた。
「あの!試合ってテニスですよね。私テニスの試合って見たことなくて、その、よかったら見に行ってもいいですか?」
意外な申し出に薫は戸惑った。
(ソフトをやってたんでスポーツ好きなんだろうか、よっぽど暇なんだろうか)
「ああ、どうぞどうぞ。草テニスの大会だからいいも悪いもないよ。会場の場所は分る?」
「運動公園ですよね?大丈夫です」
「それじゃ明日」
「はい」
梓は胸のあたりで軽く手を振って歩き去っていった。
「ヨシツネまだ歩けるか?もうちょっとしたら帰ろうな」
ヨシツネがしっぽを二三度振って答えた。