COFFEE & LOVE―秘書課の恋愛事情―
“家に帰りますから”
その一言を思わず止めたのは、その言葉をきっと私は言いたくないのだろう。
もう少しだけ、彼と一緒に居たい。
『…家、すぐそこだから』
まだ付き合って初日、彼の家に上がり込むのも少し気が引けるけれど、
ここまで言ってくれている彼の言葉を突っぱねる事の方が、気まずい気もする。
「じゃあ…お願いします…」
『そこのマンション。少し走れるか?』
彼の差した先にあったのは、目測で駅から50メートルもない位の場所にある
駅前の界隈でも一番背の高い高層マンションだった。
「…本当にすぐそこじゃないですか!」
『だから言っただろ』
彼はそう言うと、私の手を再び握る。
屋根の上、曇天の空を伺うようにちらりと覗き込んだ後、雨の中へ駆け出した。