気づけばいつも探してた
そんな日の朝、出勤するとすぐに頬を紅潮させた萌が私のそばに駆け寄ってきた。

「昨日はお付き合いくださってありがとうございました」

萌がそう言って頭を下げると、後ろに束ねた三つ編みがくるんと跳ねる。

「全然、こちらこそ素敵なお店に連れて行ってもらえて楽しかたわ」

私は彼女の肩をポンポンと叩き自分の席に座った。

「あの後、大丈夫でしたか?電話の後、少し顔色悪くされていたから」

萌は心配そうに尋ねる。

「ええ、大丈夫よ。心配かけちゃってごめんね」

そう返すと、眉を八の字にしたまま微かに微笑み頷いた萌は本当にかわいい後輩だと思う。
こんなくだらない先輩のことを気にかけてくれるなんて、ありがたい話だわ。

すると突然、萌が私の耳元に顔を近づけて小声で言った。

「今朝、出してきました。退職届」

「え?」

そっか。決めたからには早く退職した方がいいって話してたよな。

いよいよ萌は自分の選んだ人生の一歩を踏み出すんだ。

キラキラした彼女の丸い瞳を見つめながら、寂しいような……でも喜んで送り出さなくちゃという気持ちで頷いた。

私といえば、思い切って挑んだ決意はあっけなく何の実も結ばず撃沈してしまったわけで。

萌が朝一で退職届を提出した原田チームリーダーは、部長と会議室に入っていたけれど、しばらくして部屋から出てくると萌と立花さんを呼んだ。

きっと萌が辞めることと、今後の引継ぎのことを話すんだろう。

立花さんはそんなこともつゆ知らず、面倒臭そうに自慢の黒髪をかき上げると腕を組んだままわざとらしいくらい大きなヒールの音を響かせながら部屋に向かう。

その後にローヒールの萌は静かに続いた。

彼女の今まで不安げに丸まっていた背中はしゃんと伸びていて、しっかりと床を踏みしめる足取りは何の心配もないように感じる。

私も一度撃沈したくらいでぼやぼやしてられない。

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