気づけばいつも探してた
翔はキーを手にしたままこちらに顔を向けると言った。

「今日はありがとう。マイアミに行く前にいい思い出ができたよ」

「いい思い出って、もう会えなくなるようなそんな言い方やめて」

「何怒ってんだよ」

翔は眉をひそめいつもより低音の声を出す。

だめだ。

こんな状態で自分の気持ちなんて言えない。

大きく深呼吸すると、翔の顔を見据えて「あのね」と切り出した。

その時、翔は「ん?」と言って自分のジャケットのポケットからスマホを取り出す。

「ごめん、病院から電話だ」

と言って私に背を向けると、すぐにスマホを耳に当てた。

翔の頷く声が聞こえる。

その声に一瞬緊張が走ったような気がした。

彼は自分の左手を首の後ろに当て、「わかった、すぐ向かう」と電話の相手に告げるとスマホを耳から外し私の方に体を向ける。

その表情はさっきとは違って固く、口は一文字に閉じ、私に告げる言葉を必死に探しているようだった。

「どうしたの?何かあった?」

翔は一瞬目を伏せたけれど、すぐに私の目をしっかりと見つめながら静かに言った。

「兄が交通事故にあったらしい」

兄って……竹部さん?

スーッと体中の血の気が引いていく。

「今から病院に向かうけど、美南も一緒に行こう」

「私も?」

どうして?

「知ってるんだ。美南の彼は『竹部大』、俺の兄だろう?」

翔の瞳は苦悩の色で潤んでいる。

竹部さんは大丈夫なの?

翔の心は大丈夫なの?

色んな不安が一気に私のすべてを覆いつくし、体中が震える。

翔がそっと震える私の肩に手を置いた。

「兄は幸い命に別状はないから安心して」

「あ、うん」

私はどういう表情をすればいいのかわからず、彼の顔を見れないまま小さく頷く。

そして促されるまま、翔の助手席に乗った。

車のエンジンがかかり、静かに前に進み始める。

次第に暗闇が訪れると告げるように、夕日がかかり始めた青空にうっすらとオレンジの線が走っていた。

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