気づけばいつも探してた
「うん。待ってる」

「次は笑顔で迎えて」

私はそっと彼女の抱きしめる腕から離れ、敢えて明るく言った。

美由紀もほんの少しだけ微笑み頷く。

『無駄なことなんて何一つないんだよ。一つ一つ全部理由があるの』

友達と喧嘩して泣きじゃくって帰った日、祖母がそんなことを言っていたのを思い出しながら彼女の部屋の扉を静かに閉める。

部屋を出てすぐ横のベンチに座っていた翔は何かを思い詰めたように正面をじっと見つめていた。

「ごめん。お待たせ」

声をかけると、翔はようやく顔を上げ私に視線を向ける。

「大丈夫だった?お前も美由紀って奴も」

「美由紀って奴、っていう言い方はやめて」

「ったく、美南ってどこまでお人好しなんだよ」

翔はため息交じりにあきれたような表情で私から視線を逸らす。

そしてベンチから立ち上がり、「家まで送るよ」と言うと自分の革のポーチを小脇に抱えた。

エレベーターの方に向かって歩き始めた翔がふいに立ち止まり、後ろに続く私を振り返る。

「美南、お前本当に兄さんのフィアンセなの?」

「え?」

「今、自分がどういう状況か理解してる?自分のフィアンセと女友達が美南を差し置いていい関係になってたんだぞ?俺、さっきからどうにかなりそうなほどムカムカしてんだけど、美南は全くそういう顔してない」

「あ、そう?」

「あ、そう??ってまるで他人事だな。美由紀っていうお友達と話してちゃんと納得できたのか?」

「うん。納得したから大丈夫だって。っていうか、どうして関係のない翔がそこまでムカムカしてるわけ?」

「そりゃそうだろ」

翔のくっきりとしたアーモンド型の目が私をまっすぐに見つめた。

ドクン。

次の言葉に期待していなかったと言えば嘘になる。

「美南のことを傷つける奴は、兄だろうが誰だろうが許せない」

翔の放った言葉は、二人の間を彼の視線と一緒にまっすぐに私の胸を射抜いた。

射抜かれた体の中心からじわりと痺れが広がり、私の手足の先にまで広がっていく。

彼が一歩私に近づいた。

「今だったら俺、自分を抑え込まなくてもいいよな」

怖いくらいにまっすぐな瞳は、瞬きもせず私自信を見つめていた。

今、言わなくちゃ。

何かに突き動かされるように震える唇が勝手に動いていた。

「私、あのね、本当は、翔……本当はね」

彼の腕が私の肩を掴みその胸に引き寄せる。

「ずっとお前のそばにいたい。どんな時も美南を守りたいんだ」

そしてあの時みたいにぐっと強く抱き締められた。

「俺にしとけよ」

「あ……」

翔の声が消えると同時に私の唇は彼の柔らかい唇に塞がれる。

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