イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。
「ほかの女の子たちとは違って、きみが俺の特別であることはたしかだ。それがきみには伝わってないみたいだけど、この感情は今まで俺の中にはなかったものだよ」


あ……今のは嘘じゃない気がする。

初めて雅くんの本心に触れられた気がして、少しだけ緊張が和らぐ。


「きみは俺の退屈を終わらせてくれる気がするんだよね。ねえ、このままきみのこと……さらってもいい?」


雅くんの腕が私を引き寄せて、閉じ込めるように抱きしめてくる。

優しい仕草だったのに、その力は強くて身じろいでもびくともしない。


「わ、私は……っ、剣ちゃんが好きなの。だから、雅くんのものにはなれない」

「今、その名前を出さないでくれないかな」


雅くんの手が私の顎を乱暴につかんで持ち上げる。

そのまま唇をこじ開けるように親指を差し込んできた。


「あっ、うう……」


急に雅くんの空気が変わった!?

もしかして、剣ちゃんの名前を出したから?

恐怖で心臓がバクバクと脈打つ。

雅くんは引きつる私の顔をまじまじと見つめて、楽しそうに口角を吊り上げた。


「言い忘れてたけど、俺……きみのそういう困った顔とか、泣き出しそうな顔がいちばん好きだよ」


そんなの、全然うれしくないよ……。

逃げ出したいけど、身体が動かない。


「た……すけ、て……けん、ちゃ……」


助けて、助けて剣ちゃんっ。

口の中に雅くんの指が入っていて、ちゃんとしゃべれない。

でも、雅くんには私がなにを言いたかったのか、わかってしまったらしい。


「呼ぶなって、言ったよね?」


すっと表情を消した雅くんが廊下の真ん中だというのに、私に顔を近づけてくる。

まさか、キスするつもり!?
嫌だっ。

ぶんぶんと首を横に振っていると、遠巻きにこちらの様子を眺めている生徒たちの姿が見える。

みんな雅くんに逆らえないのか、見て見ぬふりをして立ち去ってしまった。

そんな……。

絶望的な状況にぎゅっと目を閉じると、頬に涙が伝う。

真っ暗な視界に浮かぶのは、剣ちゃんの顔だった。

抵抗もできず、雅くんの吐息が唇にかかったとき――。


「公衆の面前で、なにやってんだよ!」


剣ちゃんが雅くんの胸倉をつかんで、勢いよく私から引きはがす。


「剣ちゃん!」


その姿を見ただけで、心に光が差すみたいに不安が消えていった。

剣ちゃんは私の目の前に立つと、眉を釣り上げたまま振り返る。


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