イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。
「ええっ」


これは何事!?
学くんの行動に驚いていると、耳打ちされる。


「俺に合わせていれば、矢神の本音が聞けるぞ」

「え……」


目をぱちくりさせて学くんを見上げたとき、イラ立ったような声が飛んでくる。


「おい学、なにしてやがる」


剣ちゃんが女の子たちをかきわけて、ずんずんと近づいてきた。


「悪かったな。着物姿の森泉が普段より綺麗に見えた。気づいたら身体が動いていた。きっと、心を奪われてしまったんだろう」


い、いやいやいやっ。
そんな無表情で小説みたいな感想をつらつらと……。
 
しかも棒読み!
さすがに演技ってバレバレだよ。

剣ちゃんが本気にするわけない。
そう思っていたのだけれど、こちらに向かってくる剣ちゃんの背後には、ただならぬオーラが見える。

剣ちゃんから放たれる威圧感に、周囲からはひいっと悲鳴があがった。


「離れろ、愛菜に触るな」

「……はぁ、少しでも目を離した矢神が悪い。本当に森泉が好きなのか?」

「あ? お前、なに言って……」

「危険に巻き込まれて、実は面倒だと思っているんじゃないのか。そこにいる取り巻きみたいな女なら、平穏に付き合えるのにってな」


学くんの言葉を聞いた剣ちゃんは、ふうっと息を吐く。

その瞬間、まとう空気が冷めていくのがわかった。


「おい……いくら学でも、それ以上は許さねぇぞ」


剣ちゃんの目が静かな怒りに燃えている。


「俺はな、愛菜と付き合った時点でそんなもんとっくに覚悟してんだよ。危険だからなんだ、平穏なんていらねぇよ。愛菜さえいればそれでいい」


まっすぐな眼差しと想いに、心が震える。

目が潤みだして、涙がこぼれないように瞬きでごまかしていると学くんは私を見た。


「だ、そうだ。矢神は森泉といて幸せらしい」


ぱっと手を離して私を解放した学くんに、剣ちゃんは『どういうことだよ』と言わんばかりに眉を寄せる。

その視線を無視して、学くんは私に言った。


「森泉は矢神の見た目に恋をしている女とは違うだろう。初めから中身を好いて、そばにいる。そういう相手と出会えることは、男からすれば最上の幸せだと思うがな」

「学くん……だからわざと憎まれ役をしてくれたの? 剣ちゃんの気持ちをたしかめてくれたの?」


それには答えずに、学くんは小さな笑みを浮かべる。

もう、やっぱり学くんは大人だなぁ。
学くんという親友に出会えてよかった。

心からそう思っていると、不穏な気配を感じた。
主に剣ちゃんからはなたれている。


「この野郎……たばかったな、学……。人前でなに言わせんだ、コラ」

「もとを辿れば、矢神の失態だろう。森泉は特殊な環境で育ったんだ。これにこりたら、不安にさせるような行動は慎むんだな」
「…………」

「森泉は絵に描いたようなお人好しだ。お前のためなら、自分から自ら身を引くぞ」

学くんはそう言って、くるりと背を向ける。

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