イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。
「頭が悪いね。警察に捕まるってことでしょ。すぐに保釈金払って出してあげるから」

「は!? 冗談じゃねぇ!」

「誰に口聞いてるのかな? 俺は安黒の……」

「うるさい! もう、お前のやってることには付き合いきれねぇんだよ!」


雅くんの横暴ぶりに嫌気が差したらしい生徒たちが、一斉に逃げていく。

仲間に置き去りされた雅くんを見つめていたら、胸がチクチクと痛みだした。


「雅くんはお金よりも地位よりも、もっと大事なものを持ってないんだよ」

「なに、それ……」


雅くんの瞳が揺れている。

それが彼の心を映し出しているように思えた私は、今なら伝わるかもしれないと訴えかける。


「雅くん自身を見てくれる友だち、雅くん自身の夢だよ。雅くんが心からそれが欲しいって思えたとき、きっとつまらなかった日常が楽しくて刺激的になると思う」

「そんなもので、満たされるわけ……」

「満たされるよ」


断言すれば、雅くんも剣ちゃんも息を飲んで私に見入っていた。

「だから、もう自分のために生きて」


今の言葉で、雅くんの心を動かせたかどうかは私にもわからない。

でも、雅くんはうつむいて身体を震わせると長く息を吐きだす。


「……あーあ、もう飽きちゃった。はいこれ、鍵」


雅くんがそばに立っていた剣ちゃんに鍵を差し出すのを見て、私は驚く。


「いいの?」

「飽きたって言ったでしょ。仕方ないから、刑務所の中ででも、きみの言葉の意味を考えてみるよ」

「雅くん……うん、今はそれだけで十分だよ」


熱くなる胸を押さえて笑顔を返せば、雅くんは少しだけ寂しそうに微笑む。


「本当にお人好しだね。でも……そんなきみの言葉だから、俺は耳をかたむけようと思えたんだろうね」


雅くんが笑った。

それは少し切なさを宿していたけれど、初めて見た雅くんの素の笑顔だった。


「雅くん……」

「バイバイ、好きだったよ」


切なげな告白に一瞬、胸が締めつけられる。

私は深呼吸をしてから、雅くんに向かって首を横に振った。


「またね、だよ。何度間違いを犯したって、人は何度だってやり直せるんだから」

「きみは……」


雅くんは目を見張って、私の顔をまじまじと見つめると、今度はふっとうれしそうに笑う。


「不思議な女の子だね。俺の周りにいたファンの子たちのなかには、いないタイプだ」


この笑顔が見られてよかった。

心からそう思っていると、雅くんから鍵を受け取った剣ちゃんが私のところに戻ってきた。

剣ちゃんはショーケースの鍵を使って、扉を開く。


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