イケメン不良くんは、お嬢様を溺愛中。
「ぐっ」

「剣ちゃん!」


愛菜の泣きそうな悲鳴が床に転がった俺の耳に届く。

……ったく、俺より自分の心配しろよ。

犯人たちに囲まれて、殴られそうになっている俺を目の当たりにした愛菜は、自分の腕をつかんでいる犯人の顔を凛と見上げた。


「あなたたちと行きます。だから、ほかのみんなは解放してあげください」

……は?
あいつ、なに言ってんだよ。

俺はさっと血の気が失せていくのを感じながら、身体を起こそうとした。

でも、すぐに犯人のひとりに気づかれて、背中を容赦なく踏みつけられる。


「ぐはっ」

「や、やめて! 剣ちゃんに、ひどいことしないでっ」


愛菜は聞いてるこっちが苦しくなるほど、痛みをこらえたような声で叫ぶ。

そんな愛菜に犯人は淡々と告げる。


「それを聞く義理はない。俺たちに命令できる立場にはないんだよ、お嬢ちゃん」

「こ、これは命令じゃなくて、ア、アドバイスです。人質が多すぎると、あなたたちも動きにくくないですか?」


声を震わせながらも、愛菜は説得を重ねる。


「これだけの生徒の動きを一度に見張っていられますか? どのみち、あの放送をした時点でこの学園の警備員が警察に通報していると思います」

「それは、そうだが……」


落ち着いた愛菜の言葉に、初めて犯人が動揺を見せた。

それを好機だとばかりに、愛菜は畳みかけるように言う。


「私が目的なんですよね?」

「ああ、お前の親はクリーンなんだろ? いちばん金を弾んでくれそうだしな」

「そうですね。身代金を手に入れて、逃げるための人質を確保するなら、私ひとりで十分だと思います。暴れたり逃げたりしませんから、どうぞ連れていってください」


おいおいおい。

なんで自分から、進んで人質になろうとしてんだよ。

自分を犠牲にすることをいとわない愛菜の正義感に、俺の胸には焦りとイラ立ちがわきあがる。

お前が傷ついてまで、矢面に立つ必要ねぇだろ。

お前が無事じゃなきゃ、本当の意味で誰かを守れたとは言えねぇんだぞ。

ちゃんと、わかってんのかよ?


「待て、愛――」

「大丈夫。私は大丈夫だよ」


俺の言葉をさえぎって笑う愛菜に、頭が真っ白になる。

本当は怖いくせに……。

あいつは今、俺を安心させるためだけに笑ってる。

あの細い身体のどこから、わき上がってくるんだか。

愛菜の心の強さに胸を打たれた。

絶対に行かせねぇ。

俺は背中を踏みつける男の足をつかんで転ばせると、愛菜に向かって走る。


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