拝啓ヒトラーさん



嬉々とした様子の先生に、前川夫婦もようやく状況を飲み込めてきたのか口を開く。

「つまり、この子が存分に勉強できる環境が必要ということですか」

「そうですね。最後は本人の意思を尊重すべきだとは思いますが」

そう言ってから、先生は少し黙った。
まるで何か躊躇するような沈黙。

「実を言うと、ギフテッドというのは多くの場合障害を伴っているんです。海外にギフテッド教育があるのも、通常学級では学べない生徒が多いからという理由でして」

一言も話さない子。
文字を識別できない子。
ADHDの診断を受けた子。

平均以上に優れた能力を持つ人は、他の能力で平均を大きく下回る場合が多い。
天才とは、ある分野で支援が必要な人であることが多々有るのだと先生は言った。

「例えば、春さんのように超人的な記憶力を持つキム・ピークさん。彼は映画『レインマン』のモデルで、9000冊以上の本を丸暗記するほどの才能がありました。一方、自閉症であり自分のシャツのボタンを閉めることすらできませんでした」

またはIQ160~190と言われるアインシュタイン。
かの物理学者は相対性理論という功績の一方、自宅の電話番号が覚えられなかった。
またはコンピューターの基礎を作ったと言われるジョン・フォン・ノイマン。
一度見聞きしたら絶対に忘れない記憶能力、コンピューター並みの計算速度と、あまりの頭の良さに火星人とまで言われた人物です。
しかし彼は体育や音楽の才能はからっきしだったらしいと言われています。

「春さんには身体能力、色覚能力、音楽に関しても何の異常も見られませんでした。むしろ彼女は絶対音感持ちです」

先生はそれが何かとても重要で深刻なことのように続けた。


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