拝啓ヒトラーさん
「私が思うに、天才の国の住人とは得てして何か欠けているものです。」
いくつもの超人的な能力を持つ春さんなら、なおさら何か苦手な分野があって当然です。
だけど彼女にはそれがない。
どの能力も、平均値以上か平均値なのです。
「天才の国でも異端の存在ですよ」
異端。
先生の言葉が頭に残る。
気がついたら知らない大人に囲まれていて、私のことを話している。
だけど私は自分がどこから来たか知らない。
どうやって生活してきたのかも覚えてないまま、手を引かれて色々な場所を歩いてきた。
不安に思いながら前川夫婦を見る。
私の視線に気づいたのか、安心させるようににっこりと笑いかけられた。
「春」
だいじょうぶ、とつぶやいて私の体を抱きしめた。
ふわりと鼻に香るシトラスの匂い。
香水。
「今すぐにとは言いませんが、頭の片隅に置いておいてください。彼女は少しの情報で多くのことを理解できます。日本の義務教育の中で、分からない子に合わせるのは面倒な作業ですよ、きっと」
今日の問診はこれで終わりだと先生は言った。
6歳の5月6日水曜日13:56の出来事だった。