拝啓ヒトラーさん
『見事!前川姉弟が1位でゴール!では前川広くんの紙にはどんなお題が書かれていたのでしょうか?』
『今紙が届きました。えーと、なになに、』
弟の紙に書かれていたお題。
女の子たちが息を飲んで待っているのをヒシヒシと感じる。
『好きな人』
アナウンスの余韻。
ピリッとした、なんとも言えない空気。
『いやぁ〜、前川姉弟は本当に仲がいいですね!』
『みなさん、完走した選手と、一緒に走ってくれた方々に拍手を!』
アナウンスの明るい声で意識が戻ったように、みんなが大きく拍手をする。
触れないように。
声を出せないくらい、大きな拍手。
私の腕を掴んだままの弟の顔を見上げる。
短く切りそろえられた黒髪にニコニコとした笑顔。
「ちょっと子供っぽい顔つきしてるのがかわいいよね〜」と騒がれている弟。
本人は周囲の女の子たちの声が聞こえていないのだろうか。
私はそう思ったが、次に発した弟の言葉にそれは違うのだと分かった。
「ありがとう、春さん。ホント助かるよ」
少し困ったようなその笑い顔に、弟の苦労が垣間見えた。
「モテすぎて困っちゃう」なんて嫌味でしかない言葉も、弟にかかれば「大変なんだろうなぁ」と同情的に見てしまうので不思議だ。
産まれながらの甘えた気質を持つ弟と、12年間姉として見てきた私だからこその関係かもしれない。
「別にいいよ」
私が呆れたようにそう言えば、広は嬉しそうに笑った。
同じ高校にいるからわかる。私の弟は本当にモテるのだ。
彼女つくれば?なんてことは言わないが。
彼は今、野球に夢中なのだ。