拝啓ヒトラーさん
私たちの横を通り過ぎる女の子たちが「ひろくんすごかったよ〜」「速かったね」「かっこよかった〜」なんてキャアキャア言っている。
ニコニコと手を振りながら愛想を振りまく広。
彼女たちがチラリと意味ありげに私を見たのには気付いたが、無反応で流す。
きっと、「かっこいいひろくん」の近くに居られる姉の私にジェラシーを感じているのだろう。
思春期のこういうめんどくささは嫌になる。
ただでさえ茹だった頭が回らなくなるのだ。
『続きまして、各チーム対抗の応援合戦が南グラウンドで……』というアナウンスの声がぼやけて聞こえる。
人の波が動く。
周囲の視線が私と弟から外れたことを感じてから、「広」と声をかけた。
「なに?」と弟は嬉しそうに返す。
あまりに屈託無く笑うものだから、私は口を噤んでしまう。
「なんでもない」
それだけ言って、背を向けた。
「学校ではあんまり私に関わらないで」本当はそう言いたかった。
だけど無邪気に慕ってくる弟にそう伝えるのは罪悪感が邪魔をした。
もしも。
もしも、私と広の血が繋がっていたら、話は違っていたのだろう。
「仲の良い姉弟」で済む話だった。
だけど真実、私と広は血の繋がりでは他人であり、「仲の良い男女」として見られてしまうのだ。
厄介な話。
ぼんやりと考えていたら、後ろからタッタッと軽快な足音が聞こえてきた。
「春!」とはじけるような声も一緒に投げかけられる。
楓ちゃんだな、と思いながら振り返る。
そこには想像した通りの明るい笑顔が見えた。