拝啓ヒトラーさん




「断言してもいいけどさ、目立たないってのは無理だよ、あんたたち前川姉弟は有名だもん。うちの学校だけって話じゃなく、県の新聞でもよく取り上げられてるじゃん」

「やだなぁ」

「いいじゃん目立つの。あ、ほら、広くんが手を振ってる」

「なんであんなに明るいんだろう」

「なんで春はこんなに嫌がるのかなぁ」

楓ちゃんは屈託なく広に手を振る。
私も仕方なしに手をあげれば広の嬉しそうな笑顔が見えた。
途端、女の子たちがキャーキャー騒ぐ声が大きくなる。 

ひろくん頑張って今日暑くない最高気温何度だっけ朝テレビで見たのにこの暑いのに学ランとか応援団ガッツあるよねリレーのバトン渡し練習しとこうよ

周りの話が全て聞こえてくる。
高校生の蒸せ返るような生命力と破裂しそうな期待と希望。
昨日の18:25にネット公開されたリーマン予想の回答を思い出す。
検証にはまだ時間がかかるだろうし、証明と認められるかはわからない。
公開されてすぐに読んだが、具体的な論証がないと私は思った。他の学者はどう考えただろうか。
校庭の脇に生えている木から鳥たちが一斉に飛び立つ。
バサバサという騒がしい音。
何羽いただろうか。
0.76秒前の瞬間の風景を思い出し、数える。1、2、3・・・23羽。

「春って大学どうするの?」

「決めてない」

楓ちゃんの質問にぶっきらぼうに答える。
どうするも何も、もう学校という枠の中で生きるのも嫌になってるのに。大学なんて考えたくないのに。
私は膝に顔を埋める。

「夏だしそろそろ決めなきゃ。あ、いやでも春ならどこでも余裕で受かるだろうけどさ。でも先生たちはアメリカの大学に行ってほしいみたいだよ。東大じゃもったいないって」

「東大に失礼だよ、それ」

「先生たちが言ってたんだもん。ほら、あの、世界一頭のいいマサチューセッツ工科大だっけ?春、前々から声かけられてたんでしょ?」

声はかけられていた。
それこそ中学入学前から、アメリカではギフテッド教育が充実しているからこっちに来ないか、と言われていた。
飛び級制度もある。
早く大学に行って、もっと多くのことを学びたいとは思わないかい?
君が書いたんだって?このポアンカレ予想の証明。
うちのチームが出した結論とほぼ同じ結論を出している。驚いたよ。
君、今までどんな知能検査を受けたんだい?IQはどのくらいとか、聞いたことある?

多くの言葉をかけられた。
言った人も言われた時期も覚えている。
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