拝啓ヒトラーさん
「留学って、すごくお金がかかるんだよ。そんなに行きたいわけでもないのに、1年で520万円かかる大学に行くなんて親に悪いし」
「まぁ、春の家の事情を考えればそうだろうけどさ」
でも、もったいないよ、と楓ちゃんは言う。
「私が春のお母さんだったらめちゃめちゃ喜ぶのになぁ。うちの子すごいのよって。全国模試はずっと一位だし、その上ずーっと全問正解。高校生で国際化学オリンピックで金メダル、海外のいろんな大学教授や留学生の資金援助者から声かけられてるのって」
もう嘘みたいにできすぎた娘じゃん、と背中を叩かれる。
楓ちゃんなりに慰めてくれているのだろう。
私はなんとか口元をほころばせる。
遠くでワッと歓声が上がった。
ドンドンと鳴らされる太鼓の音。
学ランを着た広が胸を張って立っている。
凛としたその姿。
嫌味のない、清く正しい好青年。
広は、純粋にかっこいいのだ。
前川 広。
前川家の長男。
「母さんの、本当の子は広だから」
遠くで声を張り上げる弟を見つめながら、私はそう呟いた。
楓ちゃんが困っているのがわかる。
困らせてごめん。そう思うが、口は動かない。