海の底
久しぶりに降り立つ最寄駅のホームには、自分以外誰もいなかった。
高校卒業と同時に家を出て五年が経つ。
その間、一回も実家には帰っていない。
正月も長期休暇も都内で過ごした。教育実習も大学の指定校で行った。
それほどまでに、僕は地元に帰りたくなかった。
親には失恋でもしたのかと聞かれたが、笑って流した。

そうだ、失恋したのだ。
幼馴染の彼女に別れを告げられてから、ずっと答えから逃げてきた。
でも、ずっと逃げたままでいられない。
その一心で、僕は地元に帰ることを決意したのだ。

「ようちゃん」

聞き覚えのある声が僕を呼ぶ。
僕は、目の前にいる五年前より少し大人びた彼女に笑いかける。
「ただいま」
「おかえりなさい」
改札を抜けると、僕の隣に立つ。そして、歩調を合わせる。
こんな風に昔は彼女とよく待ち合わせをした。
これが彼女との五年ぶりの再会だった。


「洋一郎、あんたこんなに早く帰るならもっと早く言いなさいよ。
あら、島野さんのところの……。こんにちは、少し見ないうちに綺麗になって」

久々の帰省だというのに感傷に浸る様子もなく、怒涛のごとく話す母親に苦笑する。

「……あんた、島野さんの家には行ったのかい?」

少し声のトーンが低くなった。その言葉が何を意味するかは分かっていた。

「佳枝(かえ)のところにはまだ行っていないよ」

彼女……紗枝(さえ)の身体が硬くなる。僕は、彼女から目を逸らした。
そうだ、僕たちはいつも三人でいた。
< 1 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop