青の秘密を忘れない
「正直、仕事がかなりつらくて転職を考えています。
だから、もし今、篠宮さんに離婚してもらっても、再婚するのがいつになるか分からない」

「それに、やっぱりお互いの親のこと考えたら、罪悪感がすごくて。
現実的に考えて、他人を頼らずに二人で生活するのは大変だと思い始めてきて。
そこに今日みたいにすれ違ったら、お互い独りになるって……」

半ば投げやりな言い方で彼はそう言って、カバンに入っていたお茶を取り出して飲み干した。

「それに、僕を信用してくれていないなら……一緒にいるのは難しいです」

「青井君ごめん。でも、信用してない訳じゃなくて…」

信用と不安が両立するのを理屈で説明できる気がしなくて、結局信用していないのではないかと思って、私は口をつぐむ。

「すみません、今日はもう……」

「もう」の後に続く言葉を考えたけど、つまりは「一緒にいたくない」のは分かった。

「青井君、私は好きだよ」

「うん、分かってますよ。分かってる。分かってるけど。
僕は、ちょっと分からなくなってます……」

青井君は、彼の肩に伸ばした私の手を優しくつかんで下におろして離した。


……ああ、こんなにも人の気持ちは変わるものなのか、と痛感する。

ちょっと前まで私のことをかわいい、好きだと言っていた唇で、
今日は好きか分からなくなっていると宣う。

確かに私は大人げないことを言って、彼を失望させたかも知れない。
でも、だからって、たった一回のすれ違いで別れるの?
他人同士が一緒にいようとするなら、当たり前の衝突だと思っていた。

二人で茨の道を選んだはずなのに。

突然手を離されて独りで迷子になってしまったような感覚に襲われた。
若いからなぁ、と彼に聞こえないよう口の中で独りごちた。

私は、改札まで送ってくれた彼を振り返ることができなかった。


「あ、お守り交換するの忘れた……」

でも、ここに今、同じ想いはあるの?
久々に会えたのに、何故こうなってしまったのだろう。

私は新幹線に乗り込むと、あふれでる涙を堪えきれなかった。
席に着いても人目も憚らず泣くことしかできなかった。

『今日はごめんなさい』
何に対しての謝罪なのか分からなくて。
そんな彼からの連絡にも何と返していいか分からなくて、私は携帯電話をカバンにしまった。
ブルーサファイアのネックレスを震える指で撫でる。

これで終わってしまったら、どうしよう。

そう思うと怖くて、私は青井君に連絡することができなかった。
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