青の秘密を忘れない
第13章 泥舟だとしても
青井君から連絡が来たのは、一週間後のことだった。
『しばらく連絡してなくてごめんなさい。
会って話したいんだけど、いつこっちに来ますか?』
今までなら、青井君から行きたいと言われていたのに。
青井君からは来ないのね、と苦笑する。
『実は来週帰るから、その時でよければ』
『分かりました』の返事と日にちの指定がすぐに来た。
別れ話……以外にないか。
それでも私は、青井君を嫌いになれる気はしなかった。
「篠宮さん」
振り向くと固い表情をした青井君が立っていた。
こんな時なのに久々に顔が見れて嬉しいと思ってしまう自分が悲しい。
「しばらく連絡できてなくてごめんなさい」
「ううん」
青井君が前髪をいじりながら、小さく呻き声をあげたまま何も言い出さない。
年上として、私から言ってあげるべきなのか……。
言いたくない。それでも。
「青井君、今までありがとう。悩ませてごめんね。
信用してないと思ったかも知れないけど、私は青井君のこと信用してたし好きだったよ」
顔を背けたまま話し出すと、青井君に勢いよく両肩をつかまれた。
「ちょっと待って!」
青井君はそう言って困惑した表情のまま、しばらく天を仰いでいた。
私は彼が何を言い出すのか分からず不安になる。
私からフラれるのは嫌なのか?とかいろいろ考え出す。
そして、青井君がやっとこちらを向いて話し出した。
「篠宮さんに連絡してない間、いろいろ考えてました。
正直、今は、旦那さんと別れてほしくないんです」
ああ、やっぱり。
その言葉に傷付いて、ぐしゃぐしゃになりそうになる。
「転職するとなると不安定だしまだ二十四歳だし、やっぱり今すぐ篠宮さんを支えるのは難しい。
それに、いつ解消されるか分からないから待っていてくれとも言えないです。
それに僕、元々そんな優しくないんですよ。今までの熱量がおかしかったというか……」
そこまで一気に話すと、さらに青井君が俯いて私の肩がぐっと重くなる。
「でも、……都合のいいことを言うと、」
そこで青井君は口ごもり、私を見上げた。
「どれくらいの確率で転職とかがいい方向にいくか分からないし、
前回も言いましたけどいろいろ考えて、篠宮さんを好きなのか分からなくなってるんです。
それに怒ってる顔見たら、今後うまくやっていく自信が急になくなっちゃって」
その目がなぜかなんとなく全部が悪い話ではない予感をさせた。
少し明るくなった私の目に対して、彼の目は憂いだままだった。
「それに篠宮さんを好きって思うと怖くて、めっちゃしんどいんです」
それってやっぱり私を好きってことじゃないの?
そう聞きたいけど、今の彼に問いかけると否定されてしまう気がした。
私が悪いみたい、はっきり無神経なくらいにいろいろ言うなぁ、と思うのと同時に愛しくなってしまう。
「優しくしたら篠宮さんを傷付けそうで怖いから、今までみたいに甘くないかも知れない。
好きな気持ちを、言葉や態度に表すのも怖くなって。
篠宮さんのためには別れた方がいいなって……」
青井君は私から手を離して、額を掻いている。
力がこもっているのかその額に赤い線が残っている。
青井君の方がずっとずっと背が高いのに、その目は私を下から見上げているようだった。
まるで、子供みたい。
「それでも、僕と一緒にいたいですか」
青井君は、私と一緒にいたいとは言ってくれない。
私に判断を委ねるなんて、ずるい。
急にこんな突き放したことを言うなんて、ひどい。
普通なら、離れる方がいいと分かっていた。
でも、今までの全部が嘘やゼロになったとは思えなかった。
青井君は手を離されることを怯えているように見えた。
ここまで話す彼が本当に私と別れたいのなら、少なくとも私の別れの言葉を止めなかったと思った。
「私は、一緒にいたいよ」
彼は苦しそうな顔をしているのに、安堵したような深いため息を吐いた。
「僕は分からないのに?」
私は彼の額の赤い跡に触れようとしたが、彼の体が少し遠ざかった。
「私は分かってるから」
青井君との関係はきっと、今まで通りにはいかない。
でも、新しい顔を見る度に私は青井君から離れられないと感じていた。
二人で泥舟に乗っているとしても、それでもよかった。
『しばらく連絡してなくてごめんなさい。
会って話したいんだけど、いつこっちに来ますか?』
今までなら、青井君から行きたいと言われていたのに。
青井君からは来ないのね、と苦笑する。
『実は来週帰るから、その時でよければ』
『分かりました』の返事と日にちの指定がすぐに来た。
別れ話……以外にないか。
それでも私は、青井君を嫌いになれる気はしなかった。
「篠宮さん」
振り向くと固い表情をした青井君が立っていた。
こんな時なのに久々に顔が見れて嬉しいと思ってしまう自分が悲しい。
「しばらく連絡できてなくてごめんなさい」
「ううん」
青井君が前髪をいじりながら、小さく呻き声をあげたまま何も言い出さない。
年上として、私から言ってあげるべきなのか……。
言いたくない。それでも。
「青井君、今までありがとう。悩ませてごめんね。
信用してないと思ったかも知れないけど、私は青井君のこと信用してたし好きだったよ」
顔を背けたまま話し出すと、青井君に勢いよく両肩をつかまれた。
「ちょっと待って!」
青井君はそう言って困惑した表情のまま、しばらく天を仰いでいた。
私は彼が何を言い出すのか分からず不安になる。
私からフラれるのは嫌なのか?とかいろいろ考え出す。
そして、青井君がやっとこちらを向いて話し出した。
「篠宮さんに連絡してない間、いろいろ考えてました。
正直、今は、旦那さんと別れてほしくないんです」
ああ、やっぱり。
その言葉に傷付いて、ぐしゃぐしゃになりそうになる。
「転職するとなると不安定だしまだ二十四歳だし、やっぱり今すぐ篠宮さんを支えるのは難しい。
それに、いつ解消されるか分からないから待っていてくれとも言えないです。
それに僕、元々そんな優しくないんですよ。今までの熱量がおかしかったというか……」
そこまで一気に話すと、さらに青井君が俯いて私の肩がぐっと重くなる。
「でも、……都合のいいことを言うと、」
そこで青井君は口ごもり、私を見上げた。
「どれくらいの確率で転職とかがいい方向にいくか分からないし、
前回も言いましたけどいろいろ考えて、篠宮さんを好きなのか分からなくなってるんです。
それに怒ってる顔見たら、今後うまくやっていく自信が急になくなっちゃって」
その目がなぜかなんとなく全部が悪い話ではない予感をさせた。
少し明るくなった私の目に対して、彼の目は憂いだままだった。
「それに篠宮さんを好きって思うと怖くて、めっちゃしんどいんです」
それってやっぱり私を好きってことじゃないの?
そう聞きたいけど、今の彼に問いかけると否定されてしまう気がした。
私が悪いみたい、はっきり無神経なくらいにいろいろ言うなぁ、と思うのと同時に愛しくなってしまう。
「優しくしたら篠宮さんを傷付けそうで怖いから、今までみたいに甘くないかも知れない。
好きな気持ちを、言葉や態度に表すのも怖くなって。
篠宮さんのためには別れた方がいいなって……」
青井君は私から手を離して、額を掻いている。
力がこもっているのかその額に赤い線が残っている。
青井君の方がずっとずっと背が高いのに、その目は私を下から見上げているようだった。
まるで、子供みたい。
「それでも、僕と一緒にいたいですか」
青井君は、私と一緒にいたいとは言ってくれない。
私に判断を委ねるなんて、ずるい。
急にこんな突き放したことを言うなんて、ひどい。
普通なら、離れる方がいいと分かっていた。
でも、今までの全部が嘘やゼロになったとは思えなかった。
青井君は手を離されることを怯えているように見えた。
ここまで話す彼が本当に私と別れたいのなら、少なくとも私の別れの言葉を止めなかったと思った。
「私は、一緒にいたいよ」
彼は苦しそうな顔をしているのに、安堵したような深いため息を吐いた。
「僕は分からないのに?」
私は彼の額の赤い跡に触れようとしたが、彼の体が少し遠ざかった。
「私は分かってるから」
青井君との関係はきっと、今まで通りにはいかない。
でも、新しい顔を見る度に私は青井君から離れられないと感じていた。
二人で泥舟に乗っているとしても、それでもよかった。