青の秘密を忘れない
ふいに脈絡なく、彼が呟いた。

「ねぎ!」

もう一度ねだるように彼が言うから、私はよく分からないまま力なく笑って「ねぎ」と返した。

「ねぎ」

「ねぎって何?」

「……ねぎ」

私は混乱しながらもなんとなく一つの答えに行き当たる。


「もしかして今のが、好きの代わり?」


彼は答えずに前髪をかきあげた。
その横顔は少し憂いでいて、大人の男性にしか見えない。
でも、どこかその目は子供のように戸惑っていた。

「ねぎ」はよくて「好き」はだめなの?というよく分からない苛立ちを超えて、
意味のない言葉を言わされて彼に支配されている興奮が私の中を駆け巡っていた。

私は体を起こして、彼にキスをした。

何度キスをしても彼の口は半開きのままで動かない。
私は、左手で彼の全身を撫でて安心を得ようとする。
彼の目も体も私を好きと言っているのに、絶対に「好き」とは言ってくれない。

最後に「好き」と言われたのはいつだった?
その時、言ってくれた「好き」をもっと大切にすればよかった。

私は、撫でるのをやめて青井君の腕にしがみつくと、彼は私の肩をぽんぽんと優しく叩いた。

無言の私を置いて寝息を立てる彼の横で、私は眠ることができなかった。


翌朝、青井君はいつも通りの様子で「おはようございます」と言って、さっと用意をした。

出発する時に確かめようと思った。

私が、部屋を出ようとする青井君の手を引いてこちらに向かせると、彼は向こうから私にキスをした。

「なんて顔してるの」

そう言ってネックレスを指で弾いて笑う青井君に、私はどんな顔を向けていたんだろう。

どこまでならOKなんだ、といつか苦しそうに言った彼の言葉を思い出す。


駅に着くと、新幹線が動き始めていた。
多少混雑はしているだろうが、仕方ない。

「また会いましょう」と言って青井君は私の背中をぽんと叩いた。
私はなるべく重くならないように「そうだね」と笑ってそのまま改札を通過した。

振り向くと、まだ青井君はこちらを見ていて真顔で手を振っていた。
私は手を振りながら「青井君ってどんな人?」と自分に問いかけた。

いろんな顔がありすぎて分からない。
つかめそうでつかめない。
でも、その一つ一つ全部が青井君。

「ねぎ」とねだるように言う青井君の声を思い出す。
ねぎというワードで胸が締めつけられるのなんて私だけだろうなと思ってふっと笑った。
< 51 / 60 >

この作品をシェア

pagetop